仮面の王イ・ソン のモデルになった?実在の世子と王・王妃たち

2018年4月8日

韓国時代劇「仮面の王イ・ソン」は李氏朝鮮のお話。でも架空の王様という設定です。

ところが世子の名前は「イ・ソン」。

李氏朝鮮には実際に「イ・ソン」という名前の世子がいました。

架空の舞台といいながらも歴史上は同じ名前の世子がいるんですね。

「仮面の王イ・ソン」に登場する人物と、モデルになった実在の人物を紹介します。

一部ネタバレ要素があるのでご注意ください。

仮面の王イ・ソンとモデルになった史実の人物の関係

ドラマのイ・ソン

ドラマでは仮面をつけたまま育てられた世子という設定。正義感が強く、仮面を付けて生活しなければいけない理由を探るうちに庶民の苦しい生活を知ってしまいます。朝鮮を裏で操る辺首会の存在に気づき辺首会を倒そうとします。

同じ名の実在したイ・ソンとは違い、死なずに王になります。

史実のイ・ソン 思悼世子(サドセジャ)

名前は李愃(イ・ソン)。
21代国王 英祖の息子。荘献世子(チャンホンセジャ)という名前でよばれることもあります。22代国王 正祖(イ・サン)の父親です。

英祖の命令で米びつに入れられて餓死するという悲劇の最期をとげます。死亡した理由は諸説ありますが、重臣が英祖に思悼世子の悪行を大げさに吹き込んだためといわれます。

ドラマ「秘密の扉」「大王の道」では主人公になりました。「イ・サン」にも登場します。イ・サンの父親のイメージを壊さないためか、悲劇の人という描かれ方をされることが多いです。実際には精神的に不安定になって殺人を行うようになっていたともいわれます。思悼世子の愛人パク・ピンエ(当時は側室扱いではなく高宗の時代に嬪に昇格)は世子の暴力を受けて死亡してます。

悲劇の人というイメージが強いせいか、最近の韓国ドラマではヒーローとして描かれることが多くなっています。もし思悼世子イ・ソンが王になったら・・・という願望が「仮面の王イ・ソン」には込められているのかもしれません。

史実のイ・ソンについて詳しく知りたい方はこちらの記事をどうぞ。

思悼世子(サドセジャ、イ・ソン)イ・サンの父はなぜ死んだのか?

ドラマ「仮面の王イ・ソン」のイ・ソンは、実在のイ・ソン(思悼世子)と王になったイ・サン(正祖)を足したような設定ですね。

 正祖の本名「祘」は普通は「サン」と読みますが、「ソン」と読むのではないかという説もあります。つまり正祖も「イ・ソン」だった可能性が・・・

ドラマの王

イ・ソンの父。王になる前の名前はクムニョン大君。
王になるため辺首(ピョンス)会に入会して前の王を毒殺。王座につきました。毒を飲まされ辺首会に操られています。辺首会に入ったことを後悔し、息子イ・ソンには自分と同じ道を歩ませたくないと思っています。そこで息子イ・ソンの素性を隠すため仮面を付けさせました。辺首(ピョンス)会によってドラマ前半で死亡。

王のモデル・英祖

第21代国王。
父は19代粛宗。母は淑嬪崔氏(トンイでおなじみ)。つまりトンイの息子。
(トンイはドラマで設定された名前です)

王になる前の呼び名は 延礽君(ヨニングン)

英祖の長男が早くに死亡したため、次男のイ・ソンを世子にします。
たいへん厳しい性格でした。奇行の目立つイ・ソンを米びつに閉じ込めて餓死させてしまいます。でも後悔して孫のイ・サンを世孫にしました。

20代宣祖は禧嬪張氏の息子で異母兄弟。宣祖は即位して4年で死亡しました。そのため英祖が毒殺したのではないかという説も一部ではあります。

前の王を毒殺というのはドラマオリジナルではありません。噂としては英祖の時代からありました。現実にイ・インジャ(テバクでおなじみ)は英祖が不当に王座を奪ったと主張して反乱を起こしてます。

ただし宣祖はもともと体が弱く、母・禧嬪張氏の死後は精神的にも不安定になり体調を崩すことが多かったようです。英祖が毒殺したという話は、対立する派閥が作った濡れ衣のようです。

ドラマの先代王

ドラマではでてきません。設定では先代の王は辺首会に毒殺されたようです。
暴君だったとされ、暴君だった王に父を殺されたことからテモクが復讐を誓い朝鮮を支配しよう思うようになります。

史実では

英祖の前の王は宣宗。19代粛宗と禧嬪張氏の息子。粛宗の死後、王になりましたが4年で病死。宣宗は暴君だったという記録はありません。

19代粛宗は3回も朝廷内の派閥を入れ替える政治をしました。そのたびに処分された重臣がいました。王妃も変わりました。ある意味、怖い王様。粛宗に恨みを持つ人がいても不思議ではありません。

「テバク」のイ・インジャも政変で粛宗に一族を殺された恨みを謀反の理由にしています。

ドラマの先代の王は「テバク」の粛宗をさらに怖くしたような人物だったのかもしれませんね。

ドラマ「仮面の王イソン」の舞台は1700年代の設定。史実では1700年代に朝鮮王だったのが英祖と正祖なんです。 

ドラマの王妃(大妃)

国王の正室。イ・ソンの実の母ではありません。一見すると優しそうな人ですが、実は邪魔者は容赦なく排除する怖い人。ドラマ途中で大妃になります。
イ・ソンの素顔は知らないという設定。

王妃のモデル・貞聖王后徐氏

モデルになったのは英祖の正室・貞聖王后徐氏。
英祖の正室はイ・サンにも登場した貞純王后金氏が有名です。貞聖王后は貞純王后の前に王妃だった人です。英祖がヨニン君時代に結婚した女性。「トンイ」でクムが若くして結婚する娘がこの人。

12歳で結婚し65歳まで一緒に暮らしました。王妃としての在位期間は33年。意外なようですが、朝鮮王朝で最も王妃としての在位期間が長い王妃です(世子嬪や大妃の期間は含めない)。そのわりにドラマには出てきません。事件にも巻き込まれず、問題も起こさず、何事もなく暮らしたのでドラマの題材にはならないのでしょう。

実在の貞聖王后は寛容で心優しい性格で、思悼世子を我が子のように支えたといいます。

楹嬪(ヨンビン)

イ・ソンの母親。国王の側室。イ・ソンの素顔を知る数少ない人物。心優しい性格という設定。

楹嬪(ヨンビン)のモデル・暎嬪李氏(ヨンビンイ氏)

イ・ソン思悼世子の生母は暎嬪李氏(ヨンビンイ氏)。英祖の側室です。女官出身。英祖にとても愛された側室だといわれます。

実の息子を謀反の罪で訴えました。息子の思悼世子が精神的に病んで殺人を働くため、このままでは息子夫婦と孫までもが罪にとわれるのではないかと心配したといわれます。

そこで暎嬪は息子の思悼世子を罰する代わりに、孫(イ・サン)は助けてもらうよう英祖に懇願したと歴史の記録・朝鮮王朝実録には書かれています。

辺首会(ピョンス会)

ドラマでは影で朝鮮王朝を操る秘密結社。先々代の王までは王の手先として働いていたが、テモクの父が殺されたことから復讐を誓い朝鮮を影で操る組織になったという設定。

実際の朝鮮では1700年代に辺首会という組織が存在しました。朝鮮八道の水の利権を持ち大きな富と権力を持っていたといいます。水を管理して売る民間の組織です。

その辺首会が朝廷まで動かすほどの力を持っていたら・・・というのが「仮面の王イ・ソン」のようですね。

辺首会や水を売る商売についてはこちらでくわしく紹介しています。
辺首会(ピョンス会)は実在したの?

似てる部分もあるけれど

世子の名前が同じ。王の裏で操る組織。先代の王を暗殺とか。「秘密の扉」と似たような設定ですね。

でも、名前は同じでも「仮面の王イ・ソン」は思悼世子とは別人。王も英祖とは違います。ストーリも途中からは歴史の記録はもちろん、「秘密の扉」ともまったく違う展開に。仮面をつけた王子という設定も奇抜ですが「秘密の扉」以上に現実離れしたストーリーです。無茶な展開に付いていけるかは好みのわかれるところ。

もともと韓国では歴史の記録はあまり重要ではなく、ストーリーの面白さ、見た目の綺麗さ、格好良さが大切にされます。

歴史上の人物は設定を作るときの参考にはしたようですが、名前が似てるだけで歴史上の人物とは違うお話と思ったほうが良さそうですね。

今回は人物の設定に影響を与えた歴史上の人物を紹介しました。ストーリーに影響を与えたと思われる作品についても検証しています。

「仮面の王イ・ソン」の元ネタは「王子と乞食」+「仮面の男」?


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