トンイに出てくる、コムゲ(剣契)とはどんな組織?

2017年10月7日

ドラマ「トンイ」を見ているとコムゲ(剣契)という組織が出てきます。賤民が作った組織です。ドラマ中では両班の横暴から賤民を救うのが目的だとされています。

実際に李氏朝鮮時代にはコムゲ(剣契)が存在しました。とくに粛宗の時代には問題になったようです。

でもドラマのコムゲと歴史上のコムゲはちょっと違うようです。歴史上のコムゲを紹介します。

 

コムゲ(剣契)の史実

コムゲの由来

コムゲがいつごろから存在したのか正確な事はわかっていません。粛宗の時代に初めて記録がでてきます。少なくとも粛宗の時代には存在していたことがわかります。

かつて庶民が葬式の費用のためにお金を出し合って積み立てる香徒契というしくみがありました。香徒契がもとになっていると言われてます。香徒契は最初は穏便にお金を集めていました。ところが、いつのころからか騒ぎを起こしたり無理やりお金を集めるようになりました。しだいに隠れて行うようになり、反社会的な犯罪組織化したといわれます。

剣契には”剣をさしかわわす会”という意味があります。武力でまとまっている人々なんですね。

「殺掠契」や「鬨動契」とよばれることもあったようです。

コムゲの活動内容

コムゲは殺人、暴行、略奪などを行っていた反社会的な組織でした。両班に対して暴力を使うことが多く、反両班勢力だったといわれています。朝鮮の裏社会で生きる人々だったようですね。武力を使って解決しようと考える人達の集まりですから、次第にエスカレートしていきます。

ドラマ「トンイ」に登場するような賤民を助けるための組織とはちょっっと違うようです。犯罪組織のようなものだったようですね。

確かに、最初は貧しい人達が両班に抵抗するために作った組織だったかもしれません。彼らにも言い分はあると思います。でも、人は徒党をくむと過激なほうに流れてしまいます。コムゲはその過激さゆえに両班ではない町の人々からも恐れられるようになりました。

似たような組織に奴婢が主人を殺すために作った「殺主契」という組織がありました。コムゲと殺主契は別物ですが、同じ時期に活動していたので両者が間違われている可能性もあります。

コムゲの活動

1683年には朝鮮国内で他国が朝鮮に責めてくるという噂が広まりました。噂に漢城(ソウル)が騒然としました。そんなとき、夜中に山の中にコムゲが集まっていると報告がありました。コムゲ達が訓練をしている様子はまるで軍隊みたいだと報告されています。それを聞いた漢城の人々は不安に感じたと報告されています。当時の朝鮮にとっては外寇(異民族が国内に侵入して略奪を行うこと)よりも深刻だったと記されています。

1684年には、十数人のコムゲが逮捕されました。そのうちの数人はナイフを使って自分の体を傷つけるなど、暴力を崇拝する傾向がありました。

その後しばらくはコムゲの問題は続きますが、一旦はおさまります。

英祖の時代に再び問題になりました。このときは1725~1735年の間に守備隊長だった張鵬翼が鎮圧しました。

韓国では民衆の反政府運動と解釈する研究家もいるようです。でも、一般的には反両班組織だったと考えられています。

現代風にいうと反政府テロ組織のようなものかもしれません。一般の人から見ると権力者に抵抗するのは賛成できるかもしれないけど、やりすぎじゃないの?という感じでしょうか。

しかし当時の賤民の立場では仕方のないことかもしれません。主のいない賤民は奴婢よりも地位が低く、獣と同じ扱いをされていました。自分たちで身を守るしかないのです。賤民の中には、苦しさから略奪を働くものもいました。倭寇に合流した賤民もいます。李氏朝鮮後半の倭寇(後期倭寇)は日本人は1~3割。残りは朝鮮か大陸の人だったと李氏朝鮮や清の記録に書かれているくらいです。犯罪組織化する賤民がかなりいたようです。それほどひどい扱いを受けていたのでしょう。

歴史上のコムゲはトンイのお父さんが頭をしていたコムゲよりも、ケドラが頭をしていたコムゲに近いかもしれません。

ちなみに、トンイのお父さんを演じてるのは「六龍が飛ぶ」の「イ・ソンゲ」。トンイのお兄さんトンジュは「華たちの戦い・宮廷残酷物語」の「昭顕世子」。ケドラのお父さんは典獄署にいる「オクニョ」のおじさん「チ・チョンドク」と同じ人でした。チョンス兄さんも「風の絵師」では「正祖」を演じてるし(ヨンタバル商団のほうが印象が強いですが)。コムゲの主要人物を演じてる人は意外と豪華メンバーです。


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