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馬医の舞台、恵民署(ヘーミンソ)、活人署(ファリンソ)の仕事

歴史知識 e ドラマが分かる歴史の知識

韓国時代劇には「恵民署(ヘーミンソ)」などの医療機関が登場します。

李氏朝鮮王朝では、内医院(ネイウォン)、典医監(チョニガム)、恵民署(ヘーミンソ)、活人署(ファリンソ)などの医療機関があります。

活人署は臨時で設置される機関。

ふだんは内医院、典医監、恵民署が活動しています。3つの機関をあわせて三医司(サミサ)といいます。

内医院は王族のための治療と薬を担当する部署。
チャングムの後半では主に内医院が舞台になってます。でも医女の育成と派遣は恵民署の担当です。チャングムの医女時代の前半は恵民署が舞台だったともいえますね。

典医監は王宮で必要な薬を提供する部署です。

これらの医療機関の治療や投薬を受けられるのは、王族と一部の高官のみ。

庶民がお世話になるのは恵民署と活人署になります。

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恵民署(ヘーミンソ)

世祖時代につくられた朝鮮の規則、経国大典によると恵民署は「庶民の疾病を救療する機関」となっています。

医員は国家公務医院

内医院、典医監、恵民署で働いている医者は医員といいます。医官ともいいます。

医員になるには科挙を合格しなければなりません。科挙の中でも雑試とよばれる科目になります。文官になるための「文科」、武官になるための「武科」とは別の科目です。

科挙に合格すると「医員」になります。「医員」の身分は中人です。両班と常人の間の身分になります。

文官は両班です。医員は中人です。医員は両班よりも下の身分になるので出世にも限界があります。

医員は国に仕える役人です。

民間の医者は試験を受ける必要はありません。自分で名乗ればできます。

恵民署(ヘーミンソ)のしくみ

恵民署の役人の構成はこのようになっていました。
表の色は官服の色わけに対応しています。

官位 官職 定員
従一品、正二品、従二品 提調 2人
従六品 主簿 2人
従六品 医学教授 2人
従七品 直長 1人
従八品 奉事 1人
正九品 医学訓導 1人
従九品 参奉 4人
無位 庫職 不明
無位 書史 2人
無位 医学生 62人
無位 医女 31人

他に雑用の奴婢がいます。

高級官僚の提調が組織のトップでその下に医員、医女がいました。

この中で王宮の外の庶民に対して薬を出したり診察を行っていたのは主に庫職と呼ばれる下級役人といわれます。

官位のついている医員は行政担当の役人。普段は診察はしていないのです。

例えば現代だと厚生労働省の公務員は直接、患者は診察しませんよね。それと似ています。官服を着ている人は直接は庶民の診察はしません。

ドラマ中盤でいうと

提調 コ・ジュマン
医学教授 チョ・ジョンチョル
医学生 ペク・クァンヒョン、ユン・テジュ、パク・テマン
医女 イ・インジュ、カン・ジニョン

となります。

コ・ジュマンやイ・ミョンファンは”ヨンガム”と呼ばれていたので「従二品」になりますね。

ペク・クァンヒョン、ユン・テジュ、パク・テマンは医員となって後に緑服。後にペク・クァンヒョンは青服(主簿)になりました。

恵民署の仕事

恵民署の仕事は多いです。

典医監とともに薬剤の提供。

外国に派遣される使者に同行させる。
疫病が流行すると、流行した場所に医員を派遣。
王宮内に医女を派遣。
監獄に医員を派遣。
活人署が設置されると医員を派遣します。
庶民に薬を渡したり診察。

医学生の教育。
医女の教育。

つまり、恵民署は庶民のための医療活動だけをしているわけではありません。
さらに恵民署の活動は漢城とその周辺だけに限られます。

活人署(ファリンソ)

恵民署は常に存在しましたが、
活人署は伝染病が流行った時に臨時で設置される医療機関です。

飢餓や疫病に苦しむ人達を助けるために作られました。

漢城(ソウル)の東西の門の外に設置されました。

典医監や恵民署から薬剤と医員の提供を受けて、漢城府とともに伝染病患者の収容と治療。遺体の埋葬を行いました。

病気を治すというよりは、最低限の薬やおかゆを与えて患者が死なないようにします。

死者が増えるのを抑えるために活動していました。だから人を活かす部署。なのです。

ところが朝鮮後期になると、活人署が役に立たなくなりました。

というのも役人たちが治療を怠り、薬剤を横流しして不正に儲けていたのです。そのため薬が足らなくなり、治療行為もできなくなりました。

結局、批判の的になった活人署は英祖の時代に廃止になります。
しかしその後、純祖の時代に疫病が流行したので復活しました。

民を救おうという考えはいいのですが、なかなかうまく機能しなかったようです。

そこで庶民は町医者や祈祷師、まじない師に頼ることが多かったようです。

参考文献:水野俊平,”庶民たちの朝鮮王朝”,角川選書

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