王女の男 シン・ミョンはイ・シエの反乱で命を落とした実在の人

2017年9月22日

ドラマ「王女の男」に登場するシン・ミョン。父シン・スクチュとともに首陽大君に仕えて、キム・ジョンソ、クム・スンユと対立します。

父のシン・スクチュは首陽大君/世祖の重臣として活躍した人物。となると、息子のシン・ミョンも実在の人物かと思いますよね。そうなんです。実在の人物なんです。でもドラマとはかなり違ってるようですよ。

史実のシン・ミョンはどんな人物だったのか紹介します。

 

申沔(シン・ミョン)の史実

いつの時代の人?

生年月日:1438年
没年月日:1467年

名前:申沔(シン・ミョン)
父:申叔舟(シン・スクチュ)
母:栄光尹氏(ユン氏)
妻:丁氏

子供
申用漑、他

彼が生きたのは朝鮮王朝(李氏朝鮮)の5代文宗~7代世祖の時代です。

日本では室町時代の人になります。

おいたち

 父は首陽大君のクーデターに参加して、後に領議政になった申叔舟(シン・スクチュ)。シン・ミョンは次男です。

1438年。父が集賢殿(学問を研究する朝廷の部署)にいたころに生まれました。

蔭位(おんい)で役人になりました。蔭位とは、功績のあった家臣や位の高い家臣の息子を一定の役職に取り立てることです。科挙などの試験ではなく、家柄で選ばれる制度です。蔭位で役人になったものは高位の位や司憲府、司諫院などの役職につくことが出来ないなどの制限がありました。

当初は下級役人でしたが、首陽大君が起こしたクーデター以後、出世するようになります。特に首陽大君が世祖として王位についたあとは要職を務めるようになります。

シン・ミョンは蔭位で役人になりましたが、後に試験を受けて高位に出世できるようになりました。

世祖の命令で、女真族討伐に出陣したシン・スクチュのもとを訪れ父の働きをねぎらいました。

1461年(世祖7年)。司憲府将軍になりました。

司憲府とは三司のひとつ。中央と地方の行政の監視、役人の違法行為の監視を行う部署です。

1465年(世祖11年)。都承旨となって世祖を補佐しました。

世祖とシン・ミョンがケンカ?

1466年。将軍の揚程が宴会の席で世祖に対して「王も長く王位にあるので、楽に余生を送ってはどうか」と譲位を勧めました。

世祖は揚程の話を聞いて都承旨のシン・スクチュを呼び出しました。そして世子に王位を譲ると言い出しました。(つまり譲位するという命令書を書けということ)しかし、シン・ミョンは譲位に反対しました。攘夷したい世祖とさせたくないシン・ミョンの仲は険悪になりました。

さすがに父のシン・スクチュは王と息子が対立しているのを黙ってみていることができなくなりました。シン・スクチュは死を覚悟して世祖にとりなしてなんとか収める事ができました。

そうなると問題になるのは揚程の処遇です。シン・ミョンは揚程の発言に悪意があったと問題にしました。

揚程が日頃の待遇に不満を持っていたのは士官たちも聞いていました。そこで「揚程は功労者にもかかわらず地方勤務が多いのを不満に思っていた。だから退位を迫った」とシン・ミョンは考えたのです。

シン・ミョンは揚程を投獄して処刑し、揚程の息子を奴婢にしました。

揚程の問題はドラマ「インス大妃」でも描かれました。シン・ミョンも登場しています。「インス大妃」では、シン・ミョンは世祖と喧嘩せずしぶしぶ引き下がります。歴史の記録とは展開が違いますが、こちらの方が「王女の男」のシン・ミョンよりも実在の姿に近いと思います。

李施愛(イ・シエ)の反乱

1467年。シン・ミョンは咸吉道の観察使となりました。国王直属の地方を治める重要な役職です。

ところが5月。李施愛(イ・シエ)が反乱を起こしました。朝鮮東北部を巻き込む大規模な反乱でした。

イ・シエは都でも手下を使ってシン・スクチュやハン・ミョンヘが謀反を起こそうとしていると噂を流しました。その噂を信じた世祖はシン・スクチュやハン・ミョンヘを投獄してしまいました。

世祖はまだ反乱の重大さに気づいていませんでした。数千の兵を送って反乱を治めようとしました。

しかしシン・ミョンのいる城は援軍が来る前に反乱軍に包囲されてしまいました。

5月22日。シン・ミョンはもう助からないと考え最後の抵抗を試みました。残った兵を連れて城壁に登り、矢で応戦。矢が尽きるまで戦い戦死しました。

シン・ミョン達の戦死を聞いた世祖は大規模な討伐軍を編成。シン・スクチュたちを解放しました。

世祖は亀城君を総大将に任命して3万の官軍を送ってイ・シエの反乱を鎮圧しました。

シン・ミョンは戦死しましたが父の無実を証明し、当初反乱軍に劣勢だった官軍を勝利させるきっかけになったのかもしれません。

シン・ミョンの息子・申用漑は左議政になるなど、成宗・中宗の時代を支える重臣になりました。

まとめ

史実のシン・ミョンはキム・スンユとは関わりがありません。王女の男ではイ・セリョンは架空の人物です。ドラマのキム・スンユは同名の歴史上の人物とは別人です。「王女の男」で描かれるシン・ミョンは架空の姿なんですね。

実際にシン・ミョンが宮廷で活躍するのは世祖が即位したあとです。でも、世祖に頼りにされたのは確かなようですし、ときには世祖に反対するなど意志の強さを持っていたようです。最後はイ・シエの反乱で戦死しますが、内通が疑われた父への疑いを晴らし、官軍を処理に導くきっかけになったかもしれません。ドラマとは違いますが、史実のシン・ミョンもドラマチックな人生だったのかもしれません。

テレビドラマ

王女の男 KBS 2011年 演:ソン・ジョンホ
インス大妃 JTBC 2011年 演:バク・ヨンヨン


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