1.8.2 清の皇后妃嬪・女性皇族

1.8.2 清の皇后妃嬪・女性皇族

乾隆帝の娘たち10人の紹介

清朝の第6代皇帝・乾隆帝には17人の息子と10人の娘がいました。 乾隆帝の娘10人をすべて紹介します。 中国では皇帝の娘を「公主」といいます。 「公主」の発音は「グンジュ」。朝鮮王朝ではないので「コンジュ」とは言いません。 日本語読...
1.8.2 清の皇后妃嬪・女性皇族

李貴人(李常在)ナゼか乾隆帝の生母になった謎の側室

李貴人は清朝の第5代皇帝・雍正帝(ようせいてい)の側室。 李常在ともいいます。 歴史上の李貴人・李常在はとくに目立った存在ではありません。 ところが中国では「乾隆帝の生母」として知られるようになりました。 ドラマ「宮廷の諍い女」「如...
1.8.2 清の皇后妃嬪・女性皇族

豫妃 博爾濟吉特氏・20代後半で遅い入宮のわけ

豫妃 博爾濟吉特(ボルジギト)氏は清朝の第代6皇帝・乾隆帝けんりゅうていの側室。 モンゴル系遊牧民族出身です。一族が清に服従することになったので入宮しました。 「如懿傳」では 豫嬪 として登場します。 史実の豫妃 はどんな人物だったの...
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1.8.2 清の皇后妃嬪・女性皇族

儀嬪 黄氏・乾隆帝の即位後に死亡した側室第一号

儀嬪 は清朝の第6代皇帝・乾隆帝けんりゅうていの側室。 「瓔珞<エイラク>」では 怡嬪 「如懿傳」では 儀貴人・黃綺瑩 として登場します。 愛新覚羅 弘暦の親王時代からの側室です。弘暦が皇帝になったあとも存命していました。儀嬪の正式...
1.8 清・金

哲憫皇貴妃 富察氏・乾隆帝の即位前に他界した皇貴妃?

哲憫皇貴妃 富察氏は清朝の愛新覚羅 弘暦(乾隆帝)の側室。 乾隆帝の第一皇子の生母です。 弘暦の皇子時代からの側室でしたが、弘暦が即位する2ヶ月前に他界してしまいました。死後、乾隆帝によって皇貴妃の位が与えられました。 史実の哲憫皇貴...
1.8 清・金

乾隆帝の皇后妃嬪年表

清朝の第6代皇帝・乾隆帝(弘暦)にはたくさんの正室や側室がいます。「瓔珞(エイラク)」や「如懿伝」などのドラマにもたくさん登場しますね。 でも登場人物が多すぎていつ誰がどの地位にいたのか分かりづらいです。そこで妃嬪達がどの時期にどの地位に...
1.8 清・金

徳妃 烏雅氏(孝恭仁皇后)実の息子・雍正帝との仲は悪かった?

徳妃 烏雅氏は清朝の第4代皇帝・康煕帝こうきていの側室。 息子の雍正帝が即位したので死後、孝恭仁皇后の称号が贈られました。 ドラマに登場するときは「徳妃」か「皇太后」で登場することが多いです。 雍正帝の母親なのですが、あまり親子の仲は...
1.8.2 清の皇后妃嬪・女性皇族

固倫和敬公主は乾隆帝が最も溺愛した娘

固倫和敬公主は清朝の第代皇帝・乾隆帝けんりゅうていの娘。 母は孝賢純皇后 富察氏です。 乾隆帝にとっては三女になるので「三公主」と呼ばれていました。 乾隆帝には多くの娘がいました。その中でもとくに溺愛されていた娘です。 固倫和敬公主...
1.8 清・金

孝敬憲皇后 烏喇那拉氏・雍正帝の最初の正室はどんな人?

孝敬憲皇后は清朝の第5皇帝・雍正帝ようせいていの正室。 もともと雍正帝の在位期間は短いのですが、孝敬憲皇后の在位期間はさらに短いので歴史上もドラマでもあまり目立ちません。 「花散る宮廷の女たち」では 烏拉那拉·凝秀 「如懿傳」では烏...
1.8 清・金

慎嬪は オイラト系遊牧民出身の乾隆帝の側室

慎しん嬪は清朝の第代皇帝・乾隆帝けんりゅうていの側室。 清朝は中国史上でもとくに国際性豊かな王朝でした。後宮の人々の出身部族も様々です。 慎嬪はオイラト系遊牧民の達什達瓦(ダシュダワ)部出身という異色の経歴の持ち主です。ダシュダワ族は現...
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