中国ドラマ「大明皇妃(だいみんこうひ) Empress of the Ming」は明朝の永楽帝~時代を描いたドラマです。
あらすじとネタバレを紹介します。
ドラマの主人公になる孫若微(そん・じゃくび)は実在した皇后。孝恭章皇后 孫氏がモデル。
皇太子の朱高熾(しゅこうし)をいまいち信用できない永楽帝は皇太子をどなりつけます。でも朱瞻基だけは信用して欲しいと懇願する皇太子。その様子に気が抜けたようになる永楽帝。
一方、若微たちは永楽帝と建文帝を会わせるための準備を進めていました。
「大明皇妃」のあらすじを紹介します。
大明皇妃 の作品情報とキャスト
作品情報
原題:大明風華
英語:Ming Dynasty
製作:2019年中国
全62話
原作小説:「六朝紀事」
出版時に「大明皇妃 孫若微伝」に改題。
原作者:蓮靜竹衣(本名:李卓)
キャスト
孫若微(そんじゃくび):タン・ウェイ(湯唯)
朱瞻基(しゅせんき):ジュー・ヤーウェン(朱亜文)
胡善祥(こぜんしょう):ドン・ジアジア(鄧家佳)
徐浜(じょひん):チャオ・ジェンユー(喬振宇)
永楽帝・朱棣(しゅてい):ワン・シュエチー(王学圻)
皇太子・朱高熾(しゅこうし):リャン・グァンホア(梁冠華)
漢王・朱高煦(しゅこうく):ユー・ハオミン(俞灝明)
趙王・朱高燧(しゅこうすい):ルアン・ウォンフイ(欒元暉)
第16話 2人の皇帝
孫若微は靖難の遺児たち3万人を救うため。永楽帝と建文帝の再会に尽力する覚悟を決めました。その試みが成功したら、孫若微は徐浜とともに都を離れるつもりでいました。ところが朱瞻基は孫若微を強く引き止めました。
緊迫した状況の中、2人の皇帝たちの再会が進められます。
一方宮中では、皇太子妃・張妍の後ろ盾を得て昇進を果たした胡善祥が祝宴を開いていました。もと同僚の心眉も一緒です。
次々に挨拶に訪れる者たちは胡善祥に取り入り、多額の金銭を渡していきました。そこに安貴妃がやってきて嫌味を言います。さらに皇太子妃がやってきて安貴妃に「宮女を虐げるものは報いを受ける」とクギをさします。そして胡善祥にも「地位を持つものの苦しみを味わう」と忠告します。
そして永楽帝と建文帝の面会の日。霊山(れいさん)寺では僧侶姿の建文帝が現れ永楽帝と会いました。お抱かやかな建文帝の姿に、永楽帝は「もはや建文は死んだ。ここにいるのは僧侶だ」と言って去っていきます。
第17話 姉妹の再会
霊山寺からの帰り道。永楽帝を刺客が襲いかかります。矢は護衛にあたり永楽帝は無事でした。孫若微は刺客を矢で射ちましたが、矢を受けた刺客は聶興でした。それを見て動揺する孫若微でしたが、他の追手が来る前に聶興を逃げそうとしました。ところが2人は口論になってしまいます。孫若微を突き飛ばして逃走する聶興でしたが、孫若微はそのはずみに負傷してしまいます。
一方、徐浜と朱瞻基も戦っていました。徐浜は朱瞻基に勝つと殺さずに去っていきました。
朱瞻基は傷ついた若微を自分のもとで養生させました。朱瞻基は孫若微を運命の人だと想うおうになり、なんとか孫若微が都を去るのを引き留めようとします。
一方、朝儀の結果、永楽帝は皇太子の高熾を監国(かんこく)に復帰させました。でも自分を翻弄する永楽帝のやり方に漢王・朱高煦(しゅこうく)は不満でした。
第18話 妹の決意
孫若微と胡善祥は再会しました。二人は和気あいあいと話をします。
孫若微は胡善祥から秀女(しゅうじょ)になりたい理由を聞かされます。「皇孫に嫁いでその子を生み、親の死に様を聞かせ、朱一族を操る」という妹の決意を知り驚くのでした。
朱瞻基は永楽帝から若微の生年月日や出自を報告するよう催促されます。朱瞻基は徐浜に孫若微を渡すように言います。
でも建文帝と会わせれば遺児を開放するはずだったのに約束は守られていません。が、新しい要求に孫若微は怒ります。理由をつけてはぐらかす朱瞻基。
一方、漢王・朱高煦と趙王・朱高燧は朱瞻基と孫若微のせいで作戦が壊れ焦っていました。でも同時に朱瞻基と孫若微の婚姻を好機と見て、新たな策を考えました。婚儀のあとに孫若微の出自をバラす。そうすれば朱瞻基に謀反の疑いありと思われる。と考えまいsた。
そのころ。朱瞻基は孫愚のもとを訪れて永楽帝に嘘が見抜かれないような若微の経歴書作りを進めるのですが。どうすればいいのか悩んでいました。
第19話 義父の愛
孫愚は若微が誰に嫁げば幸せになれるのか考えました。靖難の遺児たちを救うことはもちろん大事だと思っています。でも若微が徐浜と結婚したら日陰のままですが、皇孫(朱瞻基)は若微を大切に思っている。その方がいいのではないか。と孫愚は考えました。
それを聞いた若微は自分が要らなくなったのかと怒ってその場を去ってしまいます。
その後、孫愚は若微の経歴がばれないように毒を飲む決心師をしました。徐浜にあとを託して毒を飲む孫愚。
若微がやってきて止めようとしましたが間に合いません。若微が見たのは椅子に座り安らかな顔で息絶えた孫愚の姿でした。
孫愚の死は心臓発作で死亡という事になりました。
でも若微は喪に服しました。せめて3カ月は孫愚の墓を守ろうと心に決めます。
一方、宮中では瞻基の婚儀の準備が進められていました。ところが高額な費用に張妍は頭を悩ませていたのでした。
第20話 棺の中の皇子
永楽帝は「永楽大典(えいらくたいてん)」を編纂するための資金が止まっているので漢王・高煦を呼び出して叱りつけました。
高煦は遷都や「永楽大典」の編纂、運河の建設などで出費がかさんでいるところにさらに各地で干ばつが起こって資金繰りが難しくなっていると説明します。でも永楽帝の怒りは収まりません。永楽帝の怒りは監国の仕事にも飛び火して高煦の力が皇太子よりも劣っていおるせいだと罵ります。
永楽帝の文句を聞いて我慢できなくなった高煦は「永楽大典を記したところでもともと謀反の一族」と言い放って返ってしまいます。
高煦は屋敷に戻って、永楽帝と言い争ったのでもうダメだと思い棺桶に見立てた箱の中に閉じこもって自分の葬式を行います。
それを知った趙王・高燧は兄が乱心したと慌てます。
感想と解説
このドラマでは建文帝が生きていて。主人公たちのバックにいます。
実際には建文帝の生死は確認できてないのですが。二度と歴史上にはでてこなかったので都の陥落とともに死亡したと考えられます。
でも明ではその後も建文帝は生きていて僧侶になっているという噂が流れたとか。
日本でも源義経や豊臣秀頼は生きていたという噂がありました。そういう話はどこの国でもあるようです。それだけ建文帝の死は庶民から惜しまれたということなんでしょう。
ドラマでは建文帝が生きていて永楽帝と再会。なんと永楽帝は建文帝を許してしまう。
史実でも建文帝は朱棣(永楽帝)が謀反を起こすのが怖かっただけで殺すつもりはありませんでした。その優柔不断さが戦いに負けた原因のひとつですが。
朱棣(永楽帝)は建文帝を殺す気満々だったでしょう。
中国の歴史を考えると反乱で勝ったら相手を許すなんて絶対考えられない。見つけたら処刑です。
このドラマでは永楽帝が主人公側勢力のせいか、困った人だけどいい人みたいな描かれ方をしてますね。私としては違和感あるけど、受け止め方は人それぞれですね。
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