高漸離 は楽器で始皇帝を暗殺しようとした

春秋戦国6 春秋戦国

高 漸離(こう ぜんり)は、中国戦国時代の人。

楽器の筑を打つ名人でした。

始皇帝を暗殺しようとした荊軻の友人です。

荊軻の始皇帝暗殺が失敗した後。隠れていましたが、筑の評判を聞いた始皇帝に呼ばれます。

そして高漸離も始皇帝を暗殺しようとしましたが失敗しました。

史実の高漸離はどんな人物だったのか紹介します。

 

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高漸離の史実

いつの時代の人?

生年月日:不明
没年月日: 紀元前227年

姓 :高(こう)氏
名称:漸離(ぜんり)

国:燕
父:不明
母:不明

日本では弥生時代になります。

おいたち

生年や両親が誰だったかは不明。

燕の国の人。

高漸離(こう・ぜんり)は筑(ちく)という楽器の名人でした。

高漸離が得意な楽器・筑(ちく)とは

筑(ちく)とは古代の打弦楽器。弦の数は様々な種類があり5弦、13弦、21弦の筑が記録に残っています。琴のような形をしています。琴と違うのは弦を竹の棒で叩いて音を出すことです。

筑は春秋戦国時代にはありました。隋・唐時代に流行しましたが宋の頃に廃れ。より表現力の豊かな古琴(七弦琴)にとって代わられました。現在は使われていません。

 

傍若無人 の由来になる

高漸離(こう・ぜんり)は荊軻(けい・か)とも親しく付き合いました。

荊軻は衛の国の人。国を滅ぼされた後は諸国を放浪していました。荊軻は飲んで騒ぐのが好きな人だったらしいです。

荊軻は酒を飲みながら、高漸離の筑の演奏にあわせて歌って騒ぎました。

時には大声で笑い、時には大泣きする喜怒哀楽の激しい人でした。

この様子から。

傍若無人(ぼうじゃくぶじん)=周囲の人目を気にせず、騒いで勝手なことをすること。

という諺(ことわざ)が誕生しました。

荊軻はやがて燕の田光に侠客として雇われます。侠客とは武術や弁術、策略など得意技を見込まれて雇われる人のことです。

荊軻の秦王暗殺計画

荊軻が暗殺を引き受けるまで

燕の国の太子丹は、領土拡大を続ける秦が燕の驚異になると考えていました。秦の人質時代に待遇が悪かったことも秦が嫌いな理由のひとつともいわれます。

太子丹は秦王・嬴政を暗殺しようと考えました。

太子丹は田光に相談。田光は太子丹に荊軻(けい・か)を推薦しました。

秦王暗殺計画を打ち明けられた荊軻は最初は断りましたが、引き受けることにしました。

暗殺の準備と出発まで

荊軻が秦に向かう当日。

高漸離、太子丹、事情を知る者たちは白い喪服(東アジアでは喪服は白)に衣冠をつけて易水のほとりまで荊軻を見送りました。そして道祖神を祀って無事を祈りました。

そして高漸離は筑を打ち、それにあわせて荊軻が悲しい調子で歌いました。それを聞いて皆、涙しました。また道を進みながら荊軻は歌を作って歌いました。

「風蕭蕭兮易水寒、壮士一去兮不復還」

意味:風はもの悲しく吹いて、易水の水は寒々と流れている。壮士はひとたび去ると二度と帰らぬのだ。(壮士=勢いのある、意欲に満ちた男性)

この歌は勇ましい調子で歌いました。それを聞いた人々は怒りに奮い立ちました。

そして荊軻は車に乗って出発しました。荊軻は後ろを振り返ることはなかったと言います。

この場面は「史記」や「戦国策」にも載っている非常に有名な場面です。

荊軻の秦王暗殺失敗と燕の滅亡

ところが、荊軻は秦王・嬴政の暗殺に失敗してしまいます。

怒った秦王は燕に攻め込み、丹太子は命を落としました。
やがて燕も滅亡。

秦はその後も燕を攻めて222年に燕は滅亡しました。

嬴政は中国を統一して「始皇帝」を名乗りました。

丹の食客や荊軻の仲間たちは追放され死亡しました。

「史記・刺客列伝」にはその後の高漸離ことが書かれています。

 

高漸離の秦王暗殺計画

名を変え逃亡生活する高漸離

高漸離は「庸保」と名を変えて宋子(現在の河北趙県)に潜んでいました。高漸離は酒場で働いていたとも言われます。年月が経ち彼は疲れていました。

あるとき高漸離は客が店の広間で演奏しているのを聞いて「あの筑の音はいいところもあるが悪いところもある」と言いました。それを聞いていた従業員が店の主人に「あの使用人は音楽を知ってるようです、普通じゃなさそうです」と伝えました。

店の主人は高漸離に広間に来て筑を打つように言いました。客たちも勧めました。

高漸離は名前を隠して恐怖に怯える生活はもう終わりにしようと思い。一旦広間から出て身なりをと整え自分の筑を持ってやってきました。

高漸離は筑を打ち歌いました。それを聞いた人々は感動して涙を流し帰る人はいませんでした。

宋子の人々の間でも評判になり、高漸離はあちらこちらで客として招かれました。

始皇帝暗殺未遂

筑の名人の評判は始皇帝の耳に入りました。始皇帝は庸保(高漸離)を客人として招待しました。ところが秦の王宮には高漸離を知ってる人がいたので「こいつは高漸離だ」と正体がバレてしまいました。

始皇帝は筑の腕前が素晴らしいので高漸離の命を奪うのはやめて、目を潰しました。

始皇帝はその後も高漸離を呼んで演奏させました。

始皇帝が安心していると思った高漸離は筑に鉛を仕込み凶器にしました。高漸離は演奏中に、鉛入りの筑で始皇帝を殴りつけましたが、筑は始皇帝を外れました。

高漸離は斬られてしまい命を落とします。

その後、始皇帝は二度と他国の人間を近づけませんでした。

ドラマの高漸離

秦時明月 2015 隋咏良
麗姫と始皇帝~月下の誓い~ 2017年 演:姜毅
大秦武 2020年 演:郭家諾

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