高麗

高麗の王族

明徳太后(ミョンドクテフ)元出身の妃と対立した高麗の王妃

明徳太后は高麗の27代忠粛王の妃です。諡から恭元王后ともいいます。忠恵王、恭愍王の母親でもあります。元出身の王妃との不仲や、王位を継いだ子どもたちとの考えの違いもあってトラブルの多い王妃でした。それでも当時としては珍しく83歳まで生き、多く...
高麗の重臣や人々

李仁任(イ・イニム)はイ・インギョムのモデルになった高麗貴族の首領

李仁任(イ・イニム)は高麗末期の政治家。李成桂(イ・ソンゲ)の最大の政敵とされ、奸臣ともいわれます。李仁任は権門勢族とよばれる高麗に仕えた貴族の首領でした。高麗末期には権門勢族は富や権力を独占し高麗朝廷は腐敗が進んでいました。元にかわり力を...
歴史の知識

麗・解氏(ヘ氏)が高氏(コ氏)に変わったのは高句麗時代だった?

韓国ドラマ「麗・花萌ゆる8人の皇子たち」では。最終回で「コ氏は高麗時代はヘ氏だった」というセリフが出てきます。ヒロインの「コハジン」が高麗時代にタイムスリップして「ヘス」の体に乗り移った。それは祖先の体だったからという演出なのでしょう。とこ...
高麗の王族

王恩(ワン・ウン:廣州院君)第10皇子はワン・ヨ達に殺された?

王恩(ワン・ウン)は高麗の初代国王・太祖王建の10男。実は「ウン」というのは架空の名前。歴史書には名前が載っていないのです。そのかわり廣州院君という名前が伝わっています。歴史上は祖父の王規(ワン・ギュ)が反乱を起こして処刑され、廣州院君は消...
高麗の王族

王垣(ワン・ウォン)第9皇子は光宗に反抗して処刑された

王垣(ワン・ウォン)は高麗の太祖王建の息子。母方の父は高麗初期に活躍した武将・庾黔弼(ユ・グムピル)。王位争いには加わらず、結婚して二人の子供も出来ました。ところが、光宗の時代に処刑されました。謀反を企てた罪で捕らえられ、光宗かあ毒薬を与え...
高麗の王族

王貞( ワン・ジョン)第14皇子は王じゃないのに文元大王

王貞( ワン・ジョン)は高麗の初代国王・太祖王建(ワン・ゴン)の息子。4代国王・光宗(ワン・ソ)や3代国王・光の同母弟になります。ワン・ジョンは王にはなってません。でもなぜか「文元大王」という名前がついています。なぜでしょうか?史実の王貞(...
高麗の国王

高麗 恵宗(ワン・ム)太祖王建に愛された高麗2代国王

王武(ワン・ム)は高麗の2代国王・恵宗。初代国王・太祖(王建)の長男です。太祖王建は遅くに産まれた初めての息子を大変愛していました。後継者にしようと考えるほどでした。ワン・ム自身は豪快で心の広い人だったと言われます。戦場でも手柄を立て、王の...
高麗の国王

王尭(ワン・ヨ)高麗3代国王・定宗は野心家だった?

王尭(ワン・ヨ)は高麗の3代国王・定宗。4代国王・光宗(ワン・ソ)の同母兄になります。母方の一族の期待を背負って、王になろうと野心を持ち。政敵を排除して王になりました。弟のワン・ソもワン・ヨを助けました。ところが、3代国王・定宗になったワン...
高麗の王族

王旭(ワン・ウク)第八王子は千秋太后と成宗の父親

出典:麗〜花萌ゆる8人の皇子たち王旭(ワン・ウク)は高麗の初代国王・王建の8男とも5男ともいわれる人物。「輝くか狂うか」では第5王子という設定になっています。王建には王子が多く、激しい後継者争いが行われました。優先順位の低かった王旭(ワン・...
高麗の王族

王郁(ワン・ウク、ペガ)第13王子の子孫が高麗王家の後継者

王郁(ワン・ウク)は高麗の王子。初代国王・太祖(王建)の13男です。ドラマ「麗・花萌ゆる8人の皇子たち」では「ペガ」という愛称で登場するワン・ウク。似たような発音の第8王子がいるため愛称で呼ばれることになったようです。母は新羅出身。李氏朝鮮...
高麗の重臣や人々

姜邯賛(カン・ガムチャン)は契丹と戦い高麗を救った英雄だった

千秋太后で、ソ・ヒとともに契丹に立ち向かう頼りになる武将カン・ガムチャン(姜邯賛)は実在の人物。韓国では千秋太后よりも有名な人物だといわれています。史実のカン・ガムチャンはどんな人物だったのか紹介します。姜邯賛(カン・ガムチャン)の史実いつ...
高麗の国王

高麗7代国王・穆宗は千秋太后の息子

高麗王朝第7代国王・穆宗は千秋太后の息子です。18歳で即位しましたが、母・千秋太后が摂政となりました。千秋太后と母の愛人・金致陽によって権力を握られ、思うような政治ができませんでした。金致陽は康兆(カン・ジョ)によって排除されますが、穆宗自...
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