徳興君 王譓(ワン・ヘ)は高麗の王族。元の後ろ盾で高麗王位を狙った人物です。
恭愍王の時代に元の宮廷で恭愍王を引きずり下ろす計画が動き、王譓が新しい王として担ぎ上げられました。徳興君は軍を率いて高麗へ侵攻しますが敗れました。
本記事では、僧侶だった王子が「高麗王候補」として担ぎ上げられ、やがて敗者として歴史から消えていくまでの経緯を当時の国際関係と国内事情から読み解いていきます。
この記事で分かること
- 高麗王族における「出家」という慣習と徳興君の立場
- 徳興君が王位候補に担ぎ上げられた政治的背景
- 元の支援を受けた高麗侵攻が失敗した理由
- 徳興君の敗北が示す、元と高麗の力関係の変化
徳興君 王譓の史実
徳興君のプロフィール
- 称号:徳興君(トックングン)
- 名前:王譓(ワン・ヘ)
- モンゴル名:塔思帖木兒(タス・テムル)
- 生年:不明
- 没年:不明
家族と家系図
- 父:忠宣王
- 母:不明(側室)

徳興君の家系図
出家と還俗
徳興君 王譓(ワン・ヘ)は高麗の26代国王 忠宣王の三男。
母は不明。
高麗の王子は母が王侯貴族出身でない場合は出家して僧侶になる慣習がありました。徳興君もこれに従って僧侶になりましたが、1351年(忠定王3年)に元(モンゴル)へ亡命しました。
どうして王譓が王位候補になったのか
1352年。高麗で恭愍王が即位。
1356年。恭愍王は親元派で横暴を極めていた重臣の奇轍(キ・チョル)らを粛清しました。奇轍は奇皇后の兄です。親族を粛清された奇皇后は恭愍王を恨みました。
1363年。高麗の臣下・金鏞(キム・ヨン)は野心家で元にそそのかされて恭愍王の暗殺を試みましたが失敗。、崔瑩(チェ・ヨン)によって反乱軍を鎮圧されました。
1364年。一方、高麗で罪を犯して元へ逃亡していた崔濡(チェ・ユ)は奇皇后に接近。恭愍王を廃位して元で暮らしていた徳興君(トクングン)を王に立てるよう働きかけました。奇皇后は兄弟を殺されていたのでその恨みを利用したのです。
宿命の王子・徳興君|なぜ「僧侶」が「高麗王候補」へと変貌したのか
高麗の王族として生まれながら、一度は仏門に入り、最後は反逆者として歴史から消えた徳興君・王譓(ワン・ヘ)。彼の数奇な運命の裏には、高麗独自の慣習と、大帝国・元を操る一人の女性の執念がありました。
王子の宿命:出家と亡命
徳興君は第26代・忠宣王の三男として生まれました。しかし、彼の前途は決して輝かしいものではありませんでした。 当時の高麗では母が王侯貴族出身でない王子は、母が有力な貴族出身でない王子は、王位継承争いを避けるために僧侶として生きる慣習がありました。
彼もこの定めに従って出家しました。しかし寺での生活はなじまなかったのでしょうか。1351年に彼は元朝へと亡命します。この脱出が、後の国際問題を招く種となります。
奇皇后の恨みと徳興君が王位後継候補になったわけ
このころ元の各地で反乱が起き支配力が弱まっていました。
1352年に即位した恭愍王は高麗を支配下においていた元からの独立を画策します。
恭愍王は元朝の威光を背に権勢を振るっていた奇轍(キ・チョル)ら親元派を粛清。実の兄 奇轍を殺された元朝の奇皇后は、恭愍王に対して激しい憎悪を抱くようになります。
そこに現れたのが、高麗で罪を犯し元へ逃亡していた崔濡(チェ・ユ)でした。崔濡は元国内でならず者を集め、奇皇后に接近。彼は奇皇后に恭愍王を廃位して大都(元の首都)にいる徳興君を新たな王に立てるべきです。と進言します。
こうして奇皇后にとって徳興君は恭愍王に代わる扱いやすい駒として、最高の存在となったのです。
徳興君の高麗侵攻:野望の果てと悲劇的な終焉
1万の兵で高麗に攻め込む
1363年、元朝はまず高麗内部の野心家・金鏞(キム・ヨン)を抱き込み、恭愍王の暗殺を試みます(興王寺の変)。しかし、この計画は名将・崔瑩(チェ・ヨン)によって鎮圧され、失敗に終わりました。
工作が失敗したことで、翌1364年。元は崔濡(チェ・ユ)に高麗攻撃の許可を出しました。
このとき実際に軍を動かし指揮を執っていたのは崔濡でした。徳興君は自ら剣を振るう指揮官というよりは、侵攻軍に正統性を与えるための、象徴的な存在でした。
鴨緑江を越えた進撃と宣州での足止め
侵攻軍は鴨緑江を渡って高麗領内へと入り、義州を陥落させました。勢いに乗る彼らは宣州(ソンジュ)を占領し、ここを拠点として開京(首都)へ向けて南下するための準備を整えていました。
しかし、この停滞が彼らにとって致命的な隙となります。
名将・崔瑩(チェ・ヨン)の急襲と敗走
高麗側は当時の最高司令官である崔瑩を派遣します。宣州に陣を敷く元軍に対し、崔瑩率いる高麗軍は電撃的な急襲を仕掛けました。
不意を突かれた元軍は大混乱に陥り、総崩れとなります。崔濡と徳興君は命からがら戦場を離脱し、再び元朝の領内へと逃げ戻るほかありませんでした。
崔濡の処刑と徳興君への過酷な罰
元へ帰還した後、崔濡はなおも「再度高麗を征伐すべきだ」と主張しました。しかし、すでに衰退期にあった元朝にその余裕はなく、彼の訴えは退けられます。
それどころか、元は高麗との関係修復を図るため、崔濡を捕らえて高麗へと送還しました。高麗へ引き渡された崔濡は逆賊として処刑されるという無残な最期を遂げました。
一方、利用価値のなくなった徳興君も厳しい現実に直面します。元皇帝の怒りを買った彼は、「棍杖107回」という、命に関わるほどの苛烈な刑罰を科せられました。
刑を受けた後に追放された彼は、そのまま歴史の表舞台から姿を消し、その後の消息を知る者は誰もいません。
歴史的な視点
この事件は、元朝の影響力が朝鮮半島において決定的に失墜したことを象徴しています。徳興君という「神輿(みこし)」を担いだ侵攻が失敗したことで、恭愍王の反元改革はより強固なものとなり、同時に崔瑩や李成桂といった武将たちが、高麗の守護者としての地位を揺るぎないものにしていきました。
徳興君の高麗侵攻
金鏞の失敗の後。徳興君は元の支援を受けて崔濡と共に元軍1万人を率いて高麗の西北面に侵攻しました。直接、軍の指揮を取っていたのは崔濡。徳興君は崔濡に正統性を与える象徴的な存在です。
軍は鴨緑江を渡って高麗へ入り義州を陥落させました。宣州(ソンジュ)を拠点に南下を準備していました。
ところが崔瑩(チェ・ヨン)率いる高麗軍の急襲を受けて大敗してしまいます。
崔濡と徳興君は現に逃げ戻りました。
崔濡は再度「高麗征伐」を主張しましたが反対に遭って、逆に捕らえられて高麗へ送還された後、処刑されました。
徳興君は元の皇帝の命令によって棍杖107回の刑を受けた後、追放されたと伝わります。その後、徳興君がどうなったかはわかりません。
徳興君はなぜ敗北した?
徳興君と崔濡は元のお墨付きをもらって高麗に攻め込みましたが敗退しました。その理由はいくつか考えられます。
1. 国家の総力ではなく、奇皇后の私怨だった
徳興君の遠征は元の国家総力を使った遠征ではありませんでした。元は当時、内地の反乱鎮圧などで余力が乏しく、大軍を恒常的に投入できる状況ではありません。そのため徳興君側が動かせたのは、遼陽方面の部隊と崔濡がかき集めた私兵やならず者集団が中心になり、兵站と統制で不利になりました。
2. 内部からの裏切りを期待していた?
狙いが征服戦ではなく政変誘発だった点です。1万人規模で都を力攻めするより「元が認めた新王」という看板で親元派の同調や朝廷内の離反を引き出すことが前提になります。
ところが、恭愍王の政権が崩れず内部からの協力が十分に得られませんでした。
3. 当時の高麗軍の戦闘力を甘く見ていた
高麗は紅巾軍や倭寇への対応で軍が鍛えられ、崔瑩・李成桂のような有能な指揮官もいました。実戦経験の厚い迎撃軍に対し、統制が弱い侵攻軍は国境線を越えた段階から不利で、達川付近の戦闘で押し切られて撤退に追い込まれました。
徳興君の失敗の後
徳興君の侵攻は、元の宮廷勢力が武力で高麗王位に介入しようとして失敗した事件です。これで元が高麗の王を力ずくで入れ替える時代は終わりを迎えました。
でも、それで高麗が安定したわけではありません。
外部からの直接介入は退けたものの、国内には親元的な権門勢家が残っていました。彼らは元との関係を通じて土地と権力を蓄えた既得権益層として高麗社会に深く根を下ろしていました。
恭愍王はそうした国を変えようと強力に改革を進めていきます。でもこうした勢力の抵抗にあって暗殺されてしまいました。
徳興君の侵攻失敗と恭愍王暗殺は直接つながる事件ではありませんが。外からの介入が通用しなくなったあと、国内の抵抗までは排除できなかったと見ることもできます。
実際、恭愍王暗殺を実行した勢力は事件後に「元との関係回復」を掲げました。これは元が絶対的に強かったからというより、崔瑩や李成桂に代表される新興勢力に対抗するため、かつての権威を政治的な盾として使ったと理解する方が自然です。
徳興君の侵攻と恭愍王暗殺を繋げてみると。高麗は元から独立しようともがきましたが、内部の古い体質を変えることができずに大きな犠牲を払いました。その結果、最終的に李成桂によって高麗そのものが倒されてしまうことになるのです。
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