韓国夫人とその姉妹は唐の時代の女性。
楊貴妃の一番上の姉です。楊貴妃が玄宗皇帝の寵愛を受けたため、一族がとりたてられました。楊貴妃同様に姉妹は美しかったといいます。
人々から賄賂をとり贅沢な暮らしをしていましたが、安史の乱が起きて運命が変わります。反乱が起きたのは楊一族のせいだと騒ぐ味方の兵士に殺されてしまいます。
人々の反感をかった楊貴妃の姉妹たちについて紹介します。
韓国夫人(かんこくふじん)
生年月日:不明
没年月日:756年。
本名:不明
称号:韓国夫人
父:楊玄琰
母:
夫:崔峋
子供:李适(徳宗)
彼女は唐の11代皇帝・代宗の妃です
日本では奈良時代になります。
孝謙天皇とほぼ同世代。同じ時代に生きた人物は吉備真備、阿倍仲麻呂です。
おいたち
蜀州司戸の楊玄琰の長女。楊貴妃の一番上の姉です。
745年。一番下の妹が楊貴妃となりました。
玄宗皇帝は楊貴妃の一族を蜀州から都に呼び寄せます。楊貴妃が玄宗にお願いして呼び寄せてもらったのでしょう。楊貴妃の姉妹たちは屋敷を与えられ都で暮らし始めました。
748年。韓国(かんこく)夫人の称号を与えられました。他の姉妹も国夫人の称号を与えられました。次女が虢国(かくこく)夫人、三女が秦国(しんこく)夫人に任命されました。
◯国夫人というのは身分の高い女性に与えられる称号です。誰かの妻という意味ではありません。◯国とついてますが、称号の名前として使ってるだけです。実際に領土を持っていたわけではありません。
また韓国といっても朝鮮半島とは関係ありません。大昔の中国にあった韓国という地名から付けられています。
毎年千貫を化粧代として支給されました。を化粧代としてもらっていました。兄の楊銛、またいとここの楊国忠も要職についています。
楊一族は絶大な権力を持ち、韓国夫人は妹の虢国夫人とともに人々から賄賂を受け取っていました。
妹の楊貴妃は琵琶の名人だったので、妹の虢国夫人とともに楊貴妃に弟子入りして琵琶を学びました。玄宗の行う演奏会では他の姉妹と共に演奏したといいます。
夫・崔峋との間に産まれた娘を玄宗の孫、広平王 李 俶(りしゅく)の正妻にしました。
妹の楊貴妃のおかげで一族が出世できたのでした。
755年。安禄山が反乱を起こしました。
756年。玄宗皇帝は都を脱出します。楊一族も一緒でした。
ところが、馬嵬(現在の陝西省興平市)のあたりまで来た時。兵たちが騒ぎ出します。反乱が起きたのは楊一族の横暴のせいだと言うのです。兵たちは玄宗に対して楊一族を処刑するように要求しました。玄宗はまず楊国忠を処刑しました。その後、韓国夫人も楊貴妃とともに陳玄礼が率いる兵たちによって処刑されました。
虢国夫人(かくこくふじん)
楊玄琰の次女。姉妹の中でも最も強欲だったといわれます。
父が死亡すると、またいとこの楊国忠が家に来るようになりました。このころから楊国忠と密通していたといわれます。
裴氏と結婚。息子の裴徽と娘をもうけますが、夫が死亡して未亡人になりました。
745年。一番下の妹が楊貴妃となり、兄の楊銛、従兄弟の楊錡、姉妹たちとともに蜀州から都の長安へ移住しました。家を与えられていましたが、宮殿に入り夜まで入り浸っていました。
このころ、またいとこの楊国忠がやってきたので屋敷に泊まらせ玄宗に推薦しました。
748年。虢国夫人の称号を与えられます。毎年千貫が化粧代として支給されました。
虢国夫人は自分の美しさに自信があったので玄宗の前に出るときも化粧をしていなかったといいます。
息子の裴徽を延光公主と結婚させました。
この間も楊国忠と密通しているという噂が絶えませんでした。楊国忠や韓国夫人と馬を並べて一緒に宮中に入る姿が目撃されています。
虢国夫人は姉妹の中でもとくに横暴で他人の家を勝手に壊して自分の家を建てたりしました。
755年。安禄山が反乱を起こしました。虢国夫人は息子夫婦や楊国忠の妻といっしょに逃げ出しました。しかし、姉妹や他の楊一族が死んだことを聞きます。逮捕にきた官軍を安禄山の兵と間違い息子夫婦や楊国忠の妻とともに自殺を図りました。しかし虢国夫人だけは死にきれずにいました。そこに官軍の兵がやってきて捕らえられました。虢国夫人は兵に対して「お前たちは国のものか?賊か?」と訪ねました。
兵は「どちらとも言える」といいました。その後、虢国夫人は血が喉につまり窒息死しました。
秦国夫人(しんこくふじん)
楊玄琰の三女。楊貴妃の姉。
柳澄と結婚していましたが、未亡人になりました。その後、他の姉妹と一緒に長安に行き、秦国夫人の称号を与えられます。
他の姉妹と違い、楽器の演奏は学びませんでした。玄宗と楊貴妃達が演奏会をするときは姉妹の中で一人だけ聞き役に回りました。
秦国夫人が宮中に連れれてきた侍女が楊慎矜失脚の原因になったといいます。
753~754年ごろに死去。
姉妹の中で唯一安禄山の乱にあわずにすみました。
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