韓国ドラマを見ていると、王に叱られている重臣が、なぜか「恐悦至極にございます」と返事する場面に戸惑うことがあります。
なぜこの場面で「恐悦至極」のセリフが出てくるのか?怒られている状況とはどうにも噛み合いません。
実は韓国語には「恐悦至極」の言葉はありません。似た意味の言葉を翻訳にあてているのです。では彼らはどういう意図で何と言ってるのでしょか?
韓国ドラマの「恐悦至極」の意味を詳しい場面ごとに紹介します。
この記事で分かること
- 「恐悦至極」の本来の意味と日本語での使われ方
- 韓国語には同じ熟語がなく、字幕が意訳している理由
- 「恐悦至極」に訳されやすい原語表現の種類
- 丁寧なのに“偉そう”に見える理由と政治的な背景
「恐悦至極」の本来の意味
韓国ドラマの字幕で頻出するこの言葉ですが、まずは日本語としての本来の意味をおさらいしておきましょう。
「恐悦至極(きょうえつしごく)」とは、
という意味を持つ言葉です。
言葉を分解するとその意味がよく分かります。
- 「恐悦」:相手の厚意に対して恐縮しながらも心から喜ぶこと。
- 「至極」:この上ないこと、最高の状態。
つまり、単にうれしいと言うのではなく、「自分のような者にこれほどのお心遣いをいただき、もったいなくて身が震えるほどの喜びです」という、とても謙虚で最大級の喜びを表現する敬語なのです。
なので日本の時代劇では、この言葉が使われるのは次のような場面が多いです。
- 主君から褒美を授かる。
- 過ちに対して寛大な許しを得る。
- 身分不相応な高い待遇を得る。
では「恐悦至極」そのままの表現は朝鮮時代にあったのでしょうか?
「恐悦至極」は韓国語にあるの?
「恐悦至極」は漢字を使ってるので朝鮮時代にもありそうに見えますが、この言葉は日本でできたので朝鮮にはありません。
現代の韓国語や中国にもそのままの熟語はありません。
「恐悦至極」は和製漢語で、鎌倉~室町時代の武家社会の中で作られた日本らしい言葉なのです。
ではなぜ韓国ドラマの日本語訳に「恐悦至極」が出てくるのでしょうか?
その理由は元のセリフの複雑な敬語を日本語で一言にまとめるため、よく似た日本語を当てはめているからです。
韓国時代劇では王や重臣が使う独特の敬語が数多くあり、
恐れ多い、ありがたい、身に余る思い、謙遜と服従の姿勢
といった様々なニュアンスの言葉が混ざります。でもそれらをすべて自然な日本語に置き換えるのは難しいので、日本語訳では最上級の畏敬と感謝を一言で表す「恐悦至極」を使っているのです。
韓国ドラマの中では実際に何と言っているのか
字幕で「恐悦至極にございます」となっていても韓国ドラマの登場人物がそのままそう言っているわけではありません。
ここでは「恐悦至極」に訳された言葉が何と言っているのか紹介します。
マングクハオムニダ/恐れ多いです
罔極ハオムニダ( 망극하옵니다)
最も「恐悦至極」に訳されやすい表現です。
ドラマでも「マングクハオムニダ マーマー」と言って重臣が王様にひれ伏している場面が描かれることがあります。
意味
- 罔極(マングク):限りがない、終わりがないという意味の漢語由来の言葉。
- ハオムニダ:「~でございます」といったニュアンスの非常に丁寧な語尾。朝鮮語由来なので決まった漢字がありません。古風な言い方なので現代の会話ではほぼ使いません。文書で丁寧に見せる場合や宗教界、北朝鮮では使われることがあるようです。現代韓国語だと ハムニダ(합니다)やヘヨ(해요)が近い。
使われる場面
王から褒美や許しを受けたときに用いる感謝の言葉。
- 恐れ多いことでございます
- 身に余るお言葉です
- ありがたく頂戴いたします
と言った意味に近いです。
ソンウンマングカオムニダ
聖恩罔極 ハオムニダ(성은망극하옵니다)
罔極ハオムニダより、王を持ち上げた言い方。
意味
直訳すると「王の恵みが限りなく、身に余ります」という意味です。
- 聖恩(성은 / ソンウン): 王(聖上)から賜った慈しみや恵み。
- 罔極(망극 / マング): 際限がない、果てしない。
- ハオムニダ(하옵니다): ~でございます。
使われる場面
王から褒美をもらった時はもちろん、「お前の罪を許そう」と言われた時や、「お前の管理不足だ!」と叱られた際に「お叱りを受けることすら、王様が私を気にかけてくださっている証(=恵み)です」という姿勢を示す際にも使われます。
罔極 ハオムニダとの違い
「聖恩」をつけると「王様の優しさや王様から受けた恩」が強調されます。「罔極」だけだと「あまりに恐れ多くて言葉もありません」という恐縮したニュアンスが強まります。
日本語の「恐悦至極」に一番近いかも知れません
ソングハオムニダ:恐れ多い
恐惶ハオムニダ (송구하옵니다)
漢字で書くと「恐惶」あるいは「悚懼」となります。
意味はどちらも「恐れ多くて、身の置き所がないほど申し訳ない」です。叱られている時に使う場面も多く、こちらもドラマで聞くことが多いです。
意味
- 恐(송/ソン): おそれる。
- 惶(구/グ): おそれる、びくびくする。
- ハオムニダ(하옵니다): ~でございます。
自分の過ちや、力不足によって相手に迷惑をかけた際、あるいは目上の人から過分な言葉をかけられた際に使う、「恐縮です」「申し訳ございません」の最上級にあたります。
注意されているときに、まず礼を尽くすための前置きとして使われるため、翻訳者が最大限へりくだった返答として「恐悦至極」と訳する場合があります。
ソングハオムニダ
悚懼ハオムニダ(송구하옵니다)
発音は恐惶ハオムニダと同じ。ハンルグルで書くと違いが分かりませんが漢字は違います。
- 悚(ソン): おののく、身震いする。
- 懼(グ): おそれる、びびる。
- : ~でございます。
王や上官に対して「あなたの威光(あるいは怒り)を前にして、私は恐怖で震え上がっております」という、敬意を示す際に使われます。
ファンゴンハオムニダ
惶恐ハオムニダ(황공하옵나이다)
こちらは「恐れ多い」「ありがたく存じます」を強調する表現。
意味
- 惶(황/ファン): 恐れる、あわてる。
- 恐(공/ゴン): おそれる。
- ハオムニダ:~でございます。
- 恐れ多くありがたいことでございます
- かたじけなく存じます
と言った言葉に近いです。
使われる場面
王の発言が、身に余るほどの慈悲や厚意であるときに使われる言葉。畏敬の度合いが非常に強いのが特徴です。
字幕では「光栄に存じます」と訳すときもあります。
ファンソン ハオムニダ
惶悚 ハオムニダ(황송하옵니다)
惶恐ハオムニダに近いですが、こちらは恐縮するという意味が強め。
意味
- 惶(황/ファン): 恐れる、あわてる。
- 悚(송/ソン): おそれる、身震いする。
- ハオムニダ:~でございます。
恐れ多くて身がすくむほどありがたいです。
使われる場面
ありがたい、恐れ多い、の両方を同時に強く言えるためです。相手が王でなく上位の大臣や上官にも使います。
なぜ叱られているのに恐悦至極なの?
朝鮮王朝の重臣の態度の違和感
韓国ドラマで違和感を感じる場面のひとつが。
- 反省してないのか?
- 怒られて感激しているのか?
- 謝るべきでしょ?
恐悦至極は謝罪ではない
- 王の絶対性を認める「儀式」
王が怒っているときに臣下がまずすべきなのは「事実確認」や「弁明」ではなく、「王を怒らせたことを申し訳なく思うポーズ」です。たとえ自分が悪くなくても、王を怒らせてしまったことに対して、恐れ入りますと頭を下げるのがマナーなのです。 - 「あなたの言葉は重い」という敬意の表明
「惶恐(ファンゴン)」や「悚懼(ソング)」は直訳すれば「震えるほど恐ろしい」です。これは「あなたの怒りや叱りは、私を震え上がらせるほどの威力と正当性があります」と認める言葉。相手の権威を認める作業です。 - 議論するための前置き
でも重臣は本当に謝りたいと思うことはあまりありません。彼らにとってこれらの言葉は、とりあえず「王の立場を認める。だから今から私が言うことも不敬罪で処刑せずにちゃんと聞いてくださいね」という、自分の身を守るための予防線をはっているのと同じなのです。
だから重臣が「恐悦至極」と言った後には重臣の意見が続くことが多い。それで王が怒る場合もあれば、王がたじろぐ場面もあります。
そしてもうひと「ソングハオムニダ」には重要な使い方があります。
王の怒りをスルーするためのテクニック
王が怒って重臣たちに怒りをぶつけている最中、彼らが一斉に「ソングハオムニダ(恐悦至極にございます)!」と頭を下げます。一見、反省しているように見えますが、彼らは本当に反省していません。嵐が過ぎ去るのを待っているだけなのです。
追求を逃れるための儀式
朝鮮王朝では王は絶対的な権力者ですが、同時に臣下の言葉を聞かなければならないという儒教的な縛りもありました。
王に怒鳴られたときに臣下が下手に弁明したり反論したりすると、火に油を注いで「処刑」や「流刑」に繋がりかねません。
そこで彼らは、あえて中身のない「恐悦至極」というパターン化された言葉を繰り返します。
こうして王の怒りをやり過ごすのです。
恐悦至極と言っておきながら反省しない
でも反省してないから退室した後は何事もなかったかのように、元々進めていた自分の計画(派閥の利益・その他の悪事など)を続行する。
悪い重臣がよく使う手です。
つまり、彼らにとっての「恐悦至極」は、王の言い分を理解したり反省したりする言葉ではありません。
「今は怒鳴らせておこう。時間が経てば、王も諦めるはずだ。どうせ何もできないだろう」という。そんなしたたかな計算が隠されているのです。
これが日本の時代劇の「恐悦至極」と大きく違うところ。違和感の元なのです。
まとめ
韓国ドラマを見ていると字幕の中から歴史や文化の違いが見えてくることがあります。「恐悦至極」もそのひとつでした。
「恐悦至極」は日本の武家社会で生まれた言葉ですが。それが朝鮮王朝を描く作品の中で翻訳語として使われていました。
もとの言葉に込められた意味や緊張感、そして立場の差までを凝縮して一言で訳す。その結果「恐悦至極」が選ばれているのです。
でもやはり違和感のある場面はあります。
叱られているのに、なぜこれほどへりくだるのか。
本当に反省しているのか、それとも儀式なのか。
そうした違和感も背景にある儒教的な秩序や政治的な駆け引きを知ると、また違った面白さが見えてきます。
これから韓国時代劇を見るとき、重臣が頭を下げて何かを口にしたら、ぜひ耳を澄ませてみてください。字幕の向こう側にある本来の言葉を想像することで、物語の緊張感や人物のしたたかさが、いっそう立体的に感じられるはずです。
他にもこの言葉の意味は何?なぜこんな場面でこんな事言うの?
など韓国時代劇で不思議に思うことがあればコメントに書いてください。できるだけお答えしていこうと思います。
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