1 李氏朝鮮

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1.5 李氏朝鮮の人々

宜城君 申師任堂の恋人は実在したの?

宜城君(ウィソングン)は韓国ドラマ「サイムダン・色の日記」に登場する王族です。 劇中では若い頃に申師任堂(シン・サイムダン)と恋人になりました。結婚はできませんでしたが、成人後も再び出会います。 宜城君は世宗の子孫といわれていますが、本...
1.1 李氏朝鮮の国王

李芳遠の野望:歴史の授業で習わない 朝鮮の対馬侵攻(応永の外寇)

日本では知る人は殆どいませんがかつて対馬と朝鮮は戦争を行いました。 元寇(文永・弘安の役)のことではありません。元寇のあとの時代。室町時代に李氏朝鮮が対馬に攻めてきたことがありました。 元寇のように日本が国をあげて戦ったのではないので日...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

元敬王后 閔氏 |夫の李芳遠を助け王にしたのに兄弟は死罪

元敬王后は李氏朝鮮・第3代国王太宗の正室。世宗の母親です。 李芳遠が権力を握っていく間、夫を助け重要な役割を果たしました。 彼女の一族も芳遠を王にするために協力しました。しかし芳遠が王になると、閔氏は元敬王后となりました。 しかし太...
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1.4 李氏朝鮮の重臣

孟思誠(メン・サソン)黄喜とともに世宗を支えた重臣

孟思誠(メン・サソン)は李氏朝鮮の重臣です。太宗や世宗の時代に活躍しました。 特に世宗時代には要職につき黄喜(ファン・ヒ)とともに世宗を支えました。 世宗と重臣たちが対立した時、孟思誠と黄喜はそれぞれ違った立場から王を支えました。黄喜が...
1.3 李氏朝鮮の王子・王女

孝寧大君・世宗の兄は仏教マニア

孝寧大君は太宗の次男。世宗の兄です。 王位争いには加わらず、政治的活動もしていないので歴史上はほ無名です。しかし仏教に関心を持ち、生涯を通じて仏教の保護活動を行いました。朝鮮の仏教界では重要な人物でした。自ら経典を翻訳したり寺院建立に関わ...
1.4 李氏朝鮮の重臣

黄喜(ファン・ヒ)太宗と世宗の信頼の厚かった重臣

黄喜(ファン・ヒ)は李氏朝鮮の重臣。特に太宗、世宗に仕えた重臣です。 高麗時代に役人になった黄喜は、李氏朝鮮になってもなかなか従おうとしませんでした。 有能さを認められ太宗に信頼されますが、後継者問題で太宗と意見があわず左遷されます。世...
1.3 李氏朝鮮の王子・王女

和緩(ファワン)翁主は思悼世子の迷惑行為に悩まされ正祖と対立した?

和緩(ファワン)翁主は李氏朝鮮国王・英祖の娘です。英祖がとくに可愛がっていた娘だといわれます。 ドラマでは思悼世子を陥れたり、世孫(正祖:イ・サン)と対立する悪女として描かれています。しかし当時の記録を見るとむしろ思悼世子の行いに迷惑して...
1.4 李氏朝鮮の重臣

趙泰耉(チョ・テグ) 代理政聴を命がけで防いだ少論のリーダー

趙泰耉(チョ・テグ)は李氏朝鮮の重臣です。19代粛宗~20代景宗の時代に活躍し臣下としては最高位の領議政になりました。 少論派に所属して景宗を支持して老論と対立しました。しかし極端な処分をもとめる少論の強硬派とは違う意見の持ち主でした。 ...
1.4 李氏朝鮮の重臣

李頤命(イ・イギョム) 延礽君を支持した老論4大臣の一人

李頤命(イ・イギョム)は金昌集(キム・ジャンチプ)、趙泰采(チョ・テチュ)、李健命(イ・ゴンミョン)らと並ぶ老論4大臣の一人。 王の後継者に延礽君を支持して少論派と対立しました。 史実の李頤命はどんな人物だったのか紹介します。 李頤命...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

宣懿王后魚氏:20歳で大妃、薄命だった景宗の妃

宣懿王后魚氏(ソニ王妃オ氏)は李氏朝鮮王朝20代景宗の妃です。 14歳のとき当時世子だった景宗の2人目の妃になりました。景宗が短命だったため20歳で大妃になってしまい若くしてこの世を去りました。 史実の宣懿王后はどんな人物だったのか紹介...
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