解慕漱(かいぼそう、ヘモス)は古代朝鮮半島の伝説上の人物。
高麗時代に書かれた歴史書「三国史記」や「三国遺事」などに登場します。
韓国ドラマ「朱豪(チュモン)」にチュモンの父親 ヘモス将軍が出てきます。ヘモス将軍は解慕漱がモデルです。「ヘモス」は「解慕漱」の現代韓国語読み。
でも「好太王碑」や「魏書」など「三国史記」よりも古い歴史書には解慕漱は登場しません。
解慕漱は神話の人物なので実在しないと考えられています。
文献に残る解慕漱とはどんな人物だったのか紹介します。
歴史上?の 解慕漱
解慕漱(かいぼそう)の記事が多いのが「三国遺事」という高麗時代に書かれた書物。
「三国遺事」は朝鮮半島の正史「三国史記」に採用されなかった逸話を集めたものです。信憑性の低い記事も多いのですが。他に資料がないので「三国遺事」も「三国史記」とともに古代朝鮮半島の歴史を知る手がかりとされています。
三国遺事・北扶餘伝
解慕漱は「三国遺事」北扶餘の建国神話に登場します。
夫余(夫餘、扶餘とも書きます)はかつて満洲(中国黒龍江省)にあった国。
三国遺事によると。
前漢の宣帝 神爵3年4月8日(紀元前59年)。
天帝が五龍車に乗って訖升骨城に降りてきて王になりました。
国号を「北扶餘」、自らを「解慕漱」と名乗りました。姓は「解」。
解慕漱の子は解扶婁(かいふる、ヘプル)。
解扶婁が次の王になりました。
その後、解扶婁王は上帝(天帝=父)の命令で東扶餘に移り。その後、北扶餘で東明帝が誕生。東明帝は新たに卒本州を都にしたので卒本扶餘ともいいます。東明帝は高句麗の始祖になりました。
「三国遺事」では夫余の建国者・東明王と高句麗の建国者・東明聖王が同一人物にされています。もともと高句麗の東明聖王(朱蒙)の伝説は夫余の東明王の伝説をもとに作られました。高麗時代には一緒になってしまったようです。
三国史記と三国遺事の高句麗伝
解慕漱は「三国史記」と「三国遺事」の高句麗建国神話にも出てきます。
北扶餘の解扶婁が東扶餘を建国。その後、北扶餘は解慕漱が王になりました。解扶婁の死後、金蛙(きんあ、クムワ)が東扶餘の王になりました。
ある時、金蛙王は太伯山の南にある優渤水で女性に出会いました。彼女は「私は河柏の娘で、柳花という名前です。兄弟たちと遊びに出かけていました。すると一人の男性が現れ、自分を天帝の子・解慕漱と名乗り、熊神山下の鴨緑辺室に誘われしばらくそこで過ごしました。でも両親からは一人で男に付いていったことを責められて追放されました」というのです。
金蛙は彼女を怪しいと思い部屋に閉じ込めました。柳花が部屋に閉じ込められていると日光がさしてきました。柳花は光を避けましたが、光に追いつかれて妊娠。やがて一つの卵を産みました。その卵から産まれたのが朱豪です。
北方民族の影響?
光は解慕漱の化身なので朱豪は解慕漱と柳花の息子です。
太陽の光で女性が身ごもり王が生まれるのはユーラシアの北方民族によくある伝説です。夫余は北方系の民族が作った国か、北方民族の影響を受けているのかもしれません。
同じ本の中でも食い違う内容
解慕漱の正体や朱豪との関係は
北扶餘伝: 解慕漱=天帝、朱豪の祖父。
高句麗伝: 解慕漱=天帝の子、朱豪の父。
と違っています。いったいどちらが本当なのでしょうか。
夫余は解慕漱が作った国ではない
歴史上の夫余の建国者は解慕漱ではありません。東明王です。
1世紀後半の後漢時代に書かれた「論衡」では夫余の建国神話が載っています。
その内容を簡単に紹介すると。
橐離国(たくりくこく)の王が侍女を妊娠させた。王が侍女を殺そうとすると、侍女が鳥の卵のような霊気が降りてきて妊娠したと言ったので許した。侍女が子を産み「東明」と名付けられた。王は侍女に東明を育てさせた。東明は矢が得意だった。国の人々は東明を恐れ追放しようとした。東明は逃げて南に向かい、川を渡ろうとしたが橋がない。すると魚や鼈(スッポン)が橋を作って渡してくれた。川を渡った東明は夫余の地にやってきて王になった。
というもの。
ここには解慕漱は登場しません。夫余を建国したのは解慕漱ではなく東明王です。
実は夫余建国神話は高句麗建国神話とストーリーが同じです。高句麗が後にできたので当然、高句麗が夫余神話を真似たことになります。
解慕漱は存在しなかった?!
古い時代の資料には解慕漱は出てきません。
高句麗建国の資料で最も古いのが414年に作られた高句麗の好太王碑。
好太王碑では建国者・鄒牟王(朱蒙)の父は天帝になってます。父親は天空の神様。こうなると朱蒙の実在も怪しいですがここではそれは考えません。
554年に完成した歴史書「魏書」と636年の「随書」では高麗の始祖・朱蒙は母が太陽の光に当たり卵を産み、卵から朱蒙が産まれた。と書かれています。「論衡」に載っている夫余の建国神話のアレンジです。
945年の旧唐書では高麗(高句麗)は扶余の別種とだけ書かれています。
つまり。
古い時代の資料には解慕漱は登場しません。
どうやら解慕漱は後の時代に誰かが付け足したようです。
解慕漱はどこから来た?
解慕漱が登場するのは1145年に高麗で作られた「三国史記」と1200年代後半に書かれた「三国遺事」。そのころすでに高句麗も夫余も存在しません。
三国史記などでは「河伯の娘・柳花に声をかけたのは天帝の子を名乗る解慕漱。河伯の娘が太陽の光に当たって妊娠したと」というので。解慕漱は太陽神ではないかという説もあります。
解慕漱は天帝の子を名乗っていますし、神だったのかもしれません。光を操ることもできたのでしょう。「三国史記」「三国遺事」だけを読んでいたらそう考えるのも無理はありません。
でも「女性が太陽の光に当たって妊娠、その女性から王や始祖が生まれる」のは北方民族によくある神話です。
好太王碑を作った長寿王の時代には建国者・鄒牟王(朱蒙)の父は天帝でした。
その後、高句麗末期には建国者・高朱蒙の父は日の光になってます。
でも高句麗時代の建国神話に解慕漱はいません。いつの間にか解慕漱が朱蒙の父になっているのです。
つまり。
まず建国者・朱蒙は神の子という伝説があった。
太陽の光を浴びた女性から王が誕生する北方系民族の神話の影響があった。
その後で解慕漱が朱蒙の父になった。
と考えられます。
では、誰が解慕漱を朱蒙の父にしたのでしょうか?
解慕漱誕生に解氏の暗躍?
ここからは私の仮説になります。
朱蒙を解慕漱に結びつけたのは解氏かもしれません。
百済の貴族・解氏
解氏は百済で力を持っていた貴族。
百済の建国者・温祚王とともに建国に貢献して重臣になった人物に解婁(かい ろう)という人がいます。解婁は夫余出身。
温祚は朱蒙の子で高句麗から来たと言います。それとは別に夫余から移住した人が百済北部にいました。温祚の勢力と解婁の勢力が協力して百済を建国したようです。解氏は百済の政治を動かす有力な一族になりました。
解慕漱、解夫婁は解氏の祖先?
「三国史記」「三国遺事」など朝鮮半島側の資料では解慕漱、解夫婁は夫余の王族になってます。
「三国遺事」によれば解慕漱は北扶余の初代国王。
解夫婁は解慕漱の息子。上帝(天帝)の命令で北扶余から出て東扶余を建国しました。
解慕漱、解夫婁は解氏の祖先だったのかもしれません。
解氏は自分たちの祖先は夫余の王族だ。神の子だ。朱蒙の父だ。と主張していたのでしょう。
つまり「解氏は百済王家よりも由緒がある」といいたいのです。
王をすげ替える力を持っていた解氏
5世紀の百済、蓋鹵王の時代。首都・漢城は高句麗の長寿王で陥落。王族はほぼ壊滅。その後、蓋鹵王の息子・文周が熊津を都にして再興しました。
このころ高句麗からの亡命者が百済や新羅に来ています。高句麗は労役がきついので逃げる人がいました。百済ではそうした人たちも仲間にして国を立て直そうとしていました。
でも王家も朝廷も壊滅状態なので地方の豪族の力を借りないといけません。
熊津時代の百済で力を持ったのが解仇(かい きゅう)です。解仇は文周王を殺害。三斤王を即位させました。解氏は王家に対抗できるほどの力を持ちます。解仇はやりすぎて対立勢力によって討たれましたが解氏が有力一族なのは変わりません。
祖先を盛って名家をアピール?
百済王家の扶余氏は高句麗の建国者・朱蒙の子孫を名乗っていました。
解氏は王家に対抗して自分たちの祖先も夫余の由緒ある一族だと主張していたのでしょう。
解氏は夫余出身です。本当に夫余の王族だったかもしれません。夫余の東明王の姓名は分かりませんが、解氏だった可能性もゼロではありません。
夫余は高句麗に滅ぼされたので言ったもの勝ちです。
そうした逸話が百済滅亡後も残ってしまったのかもしれません。
また。百済や高句麗滅亡後に解氏の生き残りが新しい国で自分たちの地位を上げるために「解慕漱=朱蒙の父説」をでっちあげたのかもしれません。秦氏が始皇帝の子孫と言ってるの同じです。
つまり解慕漱が登場しないのが本来の高句麗神話。他の人達が勝手に解慕漱を付け加え、それが後世に残ってしまった。といえるのです。
補足
「桓檀古記」にも解慕漱の名前が出てきます。そこでは解慕漱は実在した人間扱いになってます。
「桓檀古記」は古代朝鮮の歴史が書かれているとされる書物。正体は1979年に韓国で出版された本です。でも有名にしたのは日本人です。歴史書としての信憑性はありません。
おそらく1949年に韓国で出版された「檀箕古史」の内容をもとに日本の古史古伝の方法を参考に現代の韓国で作られた物。
まともな研究者なら「東日流外三郡誌」や「竹内文書」をもとに日本史を考えたりはしません。同じように「桓檀古記」をもとに朝鮮半島史を考えることもできません。韓国の歴史学会でも「桓檀古記」は偽書とされています。
テレビドラマの解慕漱
朱蒙 2006年、韓国MBC 演:ホ・ジュノ 役名:ヘモス
ドラマでは神ではなく人間。主人公チュモンの実の父親。
古朝鮮が漢に滅ぼされた後、漢と戦う将軍という設定。
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