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6 春秋戦国

義渠王(義渠君)と宣太后の関係とは?

秦と戦った義渠(ぎきょ)という遊牧民がいました。 その義渠王が秦の宣太后と愛人関係(再婚?)になったという話があります。 最終的に義渠王は秦の計略にはめられて殺害されるのですが。宣太后も加わっているとかいないとか。 義渠は日本では殆ど...
4 隋・唐

唐代宗(李俶/李豫)の正妻・側室と子どもたち

李俶(り・しゅく)または李豫(り・よ)は唐の代11代皇帝。 玄宗皇帝の時代に安史の乱が起こりました。反乱鎮圧のあとに即位した皇帝が代宗です。 唐の第11代皇帝・代宗には20人の息子と18人の娘がいました。 そこで唐代宗の正室と側室をリ...
1.3 清の皇子・男の皇族

永璋・乾隆帝の第三皇子は葬儀の失態で後継者候補から脱落

循郡王 永璋(えいしょう)は清朝の皇子。 第6代皇帝・乾隆帝の第三皇子です。 最初は後継者候補として期待されていたようですが。若いときの失態が理由で後継者候補から外されてしまいます。 さらには30代で肺の病気で死亡しました。 実在し...
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1.4 清の皇女(公主)

九公主・和碩和恪公主|令貴妃・魏氏の次女は結核で22歳で他界した

九公主・和碩和恪公主は清朝の第6代皇帝・乾隆帝けんりゅうていの第九皇女。 母は令妃・魏氏です。 モンゴルの王子と結婚した固倫和静公主の妹。 嘉慶帝の姉になります。 「如懿傳」では愛新覚羅・璟妘(えいうん) として登場します。 姉と...
1.4 清の皇女(公主)

七公主・固倫和静公主|モンゴルの王子と結婚した皇女は待遇に不満?

七公主・固倫和静公主は清朝の第6代皇帝・乾隆帝けんりゅうていの第七皇女。 母は令妃・魏氏です。 「如懿傳」では愛新覚羅・璟妧 として登場します。 側室の娘ですが、皇后の娘と同じ称号を与えられ。モンゴルの王子と結婚しました。でもなにかと...
3 李氏朝鮮の王子・王女

信城君・仁嬪金氏の息子は世子の有力候補だった?

信城君(シンソングン)は李氏朝鮮王朝の王子。 宣祖の4男です。 母は仁嬪金氏(貴人金氏ともいいます)。 宣祖には嫡男がなく。息子は側室の生んだ子供ばかりでした。その中でも光海君の評判がよく重臣たちは光海君を有力候補と考えていました。 ...
1.3 清の皇子・男の皇族

永璂|乾隆帝の十二皇子は輝発那拉氏の事実上の廃位で人生が狂わされた

愛新覚羅 永璂は乾隆帝の十二皇子。永璂の爵位は貝勒(ベイレ)。 母は継皇后 輝発那拉(ホイファナラ)氏。那拉(ナラ)氏、烏拉那拉(ウラナラ)氏と呼ばれることもあります。 永璂は皇后の息子として将来を期待されていたはずですが。 母・輝發...
1 ドラマ人物紹介

コッパダン・恋する仲人 の登場人物紹介とネタバレ

韓国ドラマ「コッパダン・恋する仲人」は李氏朝鮮を舞台にしたコメディ時代劇。 主人公たちは媒婆(メパ)とよばれる結婚仲介人。 主人公のマ・フン、ト・ジュン、コ・ヨンスたちコッパダン(花婆堂)は都でも一番の成婚率を誇ります。 コッパダンの...
2 李氏朝鮮の妃・側室

朝鮮 粛宗 李焞の王妃と側室

粛宗(スクチョン) 李焞(イ・スン)は李氏朝鮮王朝の19代国王。 粛宗の時代には何度か派閥の交代劇が起こりました。そのたびに王妃の交代も起こりました。後宮をめぐる騒動も大きく、仁顕王后と禧嬪張氏の対立も有名です。 王が中心になって派閥ご...
2 李氏朝鮮の妃・側室

朝鮮 正祖 李祘(イ サン)の王妃と側室

 正祖 李祘は李氏朝鮮王朝の22代国王。 朝鮮史上で有数の名君とされます。 日本でも「イ・サン」が放送され知られるようになりました。父が米櫃で餓死したあと王世孫(王位後継者)なったり、暗殺されそうになったりするなど、ドラマチックな生涯でも...
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