タナシルリ(ダナシュリ)・奇皇后を虐待した元の皇后

2019年2月5日

タナシルリ(ダナシュリ)はモンゴル帝国(大元)15代皇帝トゴン・テムルの皇后。

トゴン・テムルの妃は奇皇后が有名です。タナシルリ(ダナシュリ)は奇氏が皇后になる前に、第一皇后だった実在の女性です。

当時、皇帝を凌ぐ権力をもっていたエル・テムルの娘で、一族は大きな力をもっていました。

しかし、皇帝トゴン・テムルは力のある一族出身のタナシルリを嫌い、奇氏を寵愛していました。父の死後、一族は力を失い失脚します。彼女自身も皇后の身分を奪われて毒薬を飲み死亡しました。

タナシルリ(ダナシュリ)の史実

いつの時代の人?

生年月日:1320年
没年月日:1335年

名前:ダナシュリ
称号:なし
父:燕鐵木兒(エル・テムル)
夫:トゴン・テムル(恵宗、順帝)
子供:マハ

彼女はモンゴル帝国(大元)の15代皇帝トゴン・テムル(恵宗、順帝)の妃です。元の末期になります。

高麗では31代恭愍王の時代。

日本では鎌倉時代になります。

おいたち

 

1320年。モンゴル帝国(大元)の将軍エル・テムルの娘として生まれました。

父のエル・テムルはキプチャク親衛軍という強力な軍を率いる将軍でした。皇帝よりも権力がありました。

1333年6月。トゴン・テムルがエル・テムルの補佐で皇帝になると、7月には皇后になることが決定しました。

しかしその後、父エル・テムルが病気で死亡します。エル・テムルの死後、兄のタンキシがあとを継ぎ中書右丞相になりました。

1334年。ダナシュリは正式に正皇后(第一皇后)になりました。14歳(数え年で15歳)でした。

トゴン・テムルとの間には息子マハが生まれましたが、幼いころ麻疹のために死亡しました。

トゴン・テムルはしだいに宮女の奇氏(後の奇皇后)を寵愛するようになりました。もともとトゴン・テムルはダナシュリの実家を快く思っていませんでした。

ダナシリは嫉妬深く、奇氏をムチで叩くなどの虐待をしました。奇氏はトゴン・テムルにダナシリに苦しめられていると訴えます。ダナシュリとトゴン・テムルとはしばしば対立するようになりました。

エル・テムルの死後、一族の力は衰えていきました。

1335年。タンキシが弟タラカイ(塔剌海)とともに反乱を起こしました。親衛軍の伯顏(バヤン)によって鎮圧されました。

弟のタラカイはダナシュリの宮殿に逃げ込んできました。しかし、バヤンの軍がタラカイを連れて行ってしまいました。

兄の反乱では一族の多くが処罰されました。

ダナシュリは廃位され身分を庶民におとされました。

その後は開平府(内モンゴル自治区)で平民として暮らしましたが、バヤンは処刑を決定。その年のうちに毒薬を飲み死亡しました。まだ15歳でした。

平民のまま死亡したので皇后としての諡(称号)はありません。

テレビドラマ

奇皇后 2013年 MBC 演:ペク・ジニ

 


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