長安賢后伝:蕭啓栄のモデル 襄親王 ボムボゴルとは?

長安賢后伝2 ドラマ人物

 

蕭啓栄(しょう・けいえい)は中国ドラマ「長安賢后伝」の登場人物。

ドラマの蕭承礼は蕭承睿の第七皇子。

蕭啓栄のモデルになったのは清朝の襄昭親王 博穆博果爾(ボムボゴル)。

清朝の第2代皇帝 ホンタイジの十一皇子です。

清朝の人物がモデルになってるのは「長安賢后伝」が「孝荘秘史」のリメイク作品だから。

「孝荘秘史」は後金から清朝の時代が舞台です。「長安賢后伝」は「孝荘秘史」の設定を唐の雰囲気がする中華王朝に置き換えたドラマなのです。

長安賢后伝に登場する蕭啓栄のモデルになっ襄親王 ボムボゴルとはどのような人物だったのか紹介します。

 

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蕭啓栄(しょう・けいえい)とは

演:薛澤源
少年時代:楊景天
子役:董李無憂

蕭承睿の第七皇子。永親王

蕭承睿と淑妃の息子。蕭啓翰、蕭啓元の異母弟。
妃選びに来ていた董若萱を見て一目惚れ。董若萱と結婚したいと願うようになりますが。蕭啓元と対立。董若萱に告白するもフラれ。絶望した蕭啓栄は自殺。

 

襄昭親王 博穆博果爾(ボムボゴル)

 

襄昭親王 博穆博果爾(ボムボゴル)は清朝の2代皇帝 ホンタイジの11皇子。
「長安賢后伝」では 蕭承睿 です。

博穆博果爾(ボムボゴル)は1642年に生まれました。

母ナムジョンの数奇な運命

母は懿靖大貴妃 娜木鐘(ナムジョン)

ナムジョンはモンゴル・ホルチン部の出身。モンゴルの王族 ボルジギト(博爾済吉特)氏の出身です。ホルチン部は「長安賢后伝」では 雍臨(ようりん)になります。

ナムジョンは
ホンタイジの正室 孝端文皇后ジェルジェル。賀蘭芸琪
ホンタイジの側室 孝荘文皇后ブムブタイ(生前は荘妃)。賀蘭茗玉
ホンタイジの側室 恭和元妃ハルジョル(生前は宸妃)。賀蘭綰音
と同じボルジギト一族の出身です。

ハルジョルとブムブタイは姉妹。ジェルジェルはブムブタイの叔母でしたが。

ナムジョンは同じ一族でも少し血筋が離れているようです。

ナムジョンはモンゴル・チャハル部のリンダン・ハーンと結婚。
一男一女が生まれました。

モンゴル・チャハル部はドラマ「長安賢后伝」では西斉になります。

息子のアブナイ(阿布奈、阿布鼐)は成人してモンゴル・チャハル親王になりました。康煕帝時代に反乱を起こして鎮圧され、自害してています。

アブナイは中国ドラマ「皇帝の恋・寂寞の庭に春暮れて」のヒロイン 良児(衛琳琅)の実の父 阿布鼐(あふだい)のモデルになった人です。

1634年。リンダン・ハーンがチベット遠征中に病死。チャハル部は後金軍に攻められて降伏しました。リンダン・ハーンの妻子は後金に囚われました。

ナムジョンは後金のハン・ホンタイジの側室になりました。

ナムジョンの経歴は「長安賢后伝」ではむしろ賀蘭綰音に近いのですが。ドラマでは喬淑妃という架空のキャラが割り当てられています。

 

ホンタイジの十一皇子として誕生

ナムジョンとホンタイジの間には 固倫端順長公主と 十一皇子 博穆博果爾(ボムボゴル)が誕生しました。

順治12年(1655年) 博穆博果爾(ボムボゴル)は襄親王(じょうしんのう)の称号を与えられました。

ところが順治13年7月(1656年)。 博穆博果爾(ボムボゴル)は死亡してしまいます。15歳(数え年)の若さでした。

死後。「襄昭親王」の称号が与えられました。

襄親王ボムボゴルは若くして亡くなったので政治には参加していませんし。記録も殆どありません。

襄親王の妻はモンゴル出身

襄親王ボムボゴルは妻がいました。相手はモンゴル・ホルチン部の和碩達爾汗巴圖魯(ヘソダル・ハン・バトゥル)親王 満朱錫禮(マンジュシリ)の娘・ボルジギト氏。モンゴル系の王族から妻を迎えたのです。マンジュシリは文殊菩薩のことなのでホルチン部は仏教を信仰していたのでしょう(ウイグル・契丹の時代より遊牧民の世界では仏教にちなんだ名前を付けるのが流行ったことがあります)。

満朱錫禮(マンジュシリ)は孝荘文皇后ブムブタイの兄です。順治帝や強大の正室・側室には孝荘文皇后ブムブタイの一族の人が何人もいます。

ヌルハチ~ホンタイジ~順治帝フリンの時代はかなりモンゴル・ホルチン部とのつながりが強いのです。

順治帝の側室 董鄂(ドンゴ)氏の夫は襄親王だった?

ところが若くして亡くなったためにほとんど記録が残っていない襄親王ボムボゴルが順治帝の側室 董鄂(ドンゴ)氏の元夫だったという話があります。

襄親王ボムボゴルは順治帝の異母弟です。

董鄂氏は最初、襄親王の福普(正妻)でした。ところが襄親王の死後。順治帝が董鄂氏を側室にしたというのです。

でも襄親王の福普(正妻)は博爾濟吉特(ボルジギト)氏。董鄂(ドンゴ)氏ではありません。側福普もいません。

もちろんこれは作り話。中国人が清朝を貶めるためにでっち上げたフェイクニュースです。でも今でも人気があります。ドラマ化されるときはよくこの設定を使うこともあります。「孝庄秘史」「少年天子」などのドラマがこの設定を使っています。

「長安賢后伝」は「孝庄秘史」のリメイク作品。皇帝 蕭啓元(順治帝)と異母弟の蕭啓栄(襄親王)が董若萱(董鄂氏)を好きになって取り合う場面があるのはそのためです。

董鄂氏は18歳という当時としては遅い宮廷入り。その後は急激に出世して順治帝の寵愛を集めました。皇子を生んだ後、数ヶ月で死亡。自身も若くして死亡。その後、順治帝も病死。

董鄂氏の生涯は物語のようなドラマチックな展開です。それだけに人々の妄想を掻き立てるのでしょう。

「孝荘秘史」は歴史的な内容よりも清朝にまつわる都市伝説や俗説をかき集めて作ったドラマでした。だから「孝荘秘史」をリメイクした「長安賢后伝」も同じ流れになっています。

でも「長安賢后伝」は架空王朝が舞台なので都市伝説がもとネタでも問題ないのですね。

 

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