善徳女王などに登場する毗曇(ピダム)は新羅の貴族。真骨貴族といわれたので、王族かそれに近い身分の人だったようです。
善徳女王に使えましたが最終的には「女が女王では国は治められない」という理由で反乱を起こし鎮圧されました。
史実のピダムはどんな人物だったのか紹介します。
毗曇(ピダム)の史実
いつの時代の人?
生年月日:不明
没年月日:647年
名前:金毗曇李(キム・ピダム)
主に活躍したのは新羅の27代善徳女王の時代です。
日本では飛鳥時代になります。
おいたち
誕生年、両親は不明です。
真骨だったといわれます。真骨とは新羅の王族かそれに準ずる一族です。真骨貴族ともいいます。
新羅の王族には聖骨といわれる身分もありました。真骨は聖骨より下の身分です。同じ王族なのに区別される理由はよくわかっていません。直系と傍系、母系の違い、継承者争いから外された王族が真骨などの説があります。
王族以外にも、金官など新羅に降伏した小国の王族も真骨に取り立てられました。祖先が金官の王族だった金庾信もそのひとりです。
つまり、毗曇(ピダム)の家系は王族か、新羅に征服された小国の王族だった可能性が高いです。
ドラマ善徳女王では真智王と美室(ミシル)の息子で捨て子になったという設定です。
善徳女王の治世。
645年に貴族会議の首長・上大等になりました。
647年。ピダムは「女性君主では国を治めることができない」という理由で反乱を起こしました。
善徳女王の政治手腕を問題にしたといわれますが、善徳女王が病になり、後継者に真徳女王を指名したことが不満だったともいわれます。
ピダムは同じ不満をもつ真骨貴族の廉宗らとともに反乱をおこしました。慶州明活城を拠点にしました。
金庾信や金春秋ら官軍は月城を拠点にしました。
ある夜、月城に大きな星が落ちました。それを見たピダムは部下たちに「これは間違いなく女王が敗れる兆候だ」と言うと反乱軍の史記は大いに高まったといいます。
善徳女王は金庾信らを呼んで対策を話しあいました。金庾信はカカシに火を付け、凧に載せて空にあげました。
そして「落ちた星が再び空に上がった」という噂を流しました。するとこんどは官軍の士気があがりました。
結局ピダムの反乱はわずか10日で鎮圧されました。
ピダムや廉宗たち反乱に参加したものは処刑されました。
ピダムについての記録は少なく、反乱を起こしたことくらいしか記録にありません。特にどんな人物だったのかについては記録がありません。それだけにドラマでは自由に設定できるので様々な人物に描かれます。
テレビドラマ
ヨンゲソムン SBS 2006年 演:イ・ヨンジェ
善徳女王 MBC 2009年 演:キム・ナムギル、パク・チビン
大王の夢 KBS 2012年 演:チェ・チョロ
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