ポッサム婚とは、朝鮮時代の一部地域で見られた、寡婦をさらわれた形にすることで再婚を成立させる行いです。
恋愛による連れ去り婚ではなく、生活や家の事情から再婚が必要になった場合に用いられました。
当事者の合意がある場合もあれば、合意のない誘拐として問題になった例もあります。
この記事ではドラマのイメージとは違う史実として行われたポッサム婚について紹介します。

ポッサム婚とは?
ポッサム婚とは寡婦(未亡人)を布で覆うなどして「本人が自分の意思で再婚したのではない」という形を作って再婚を成立させる行いのことです。
ここで重要なポイントは、次の2つです。
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目的は「恋愛を成就させること」ではない
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目的は「再婚を成立させるために、体面を保つ形を作ること」
なぜ体面が必要だったのかというと、当時の社会では「寡婦が再婚すること」自体が否定されやすかったからです。
そこでさらわれたことにして、本人や家の評判を守ろうとしました。被害者なのだから本人が儒教の教えを破ったわけではないというわけです。
なぜ未亡人の再婚は難しかったのか
ポッサムがなぜ生まれ理由は、朝鮮王朝で女性の再婚が嫌がられていたからです。なぜ女性の再婚が嫌われていたのでしょうか?
儒教社会が作り上げた「理想の女性像」
当時の朝鮮は儒教を国づくりの土台にしていました。儒教では夫婦の絆を人間関係の根本だと考えます。
そのため「夫が亡くなった後もずっと独身を貫いた女性」こそが素晴らしい、という強いプレッシャーが社会全体にかかっていました。
具体的には、次のようなことがあったようです。
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「再婚は恥ずかしいこと」という風潮
太宗時代の記録を見ると何度も結婚する女性を問題視し「世の中の道徳を乱す存在」として、わざわざ「記録に残して戒めるべきだ」という意見まで出ていました。
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亡くなった夫や子供への悪影響
再婚は女性自身の評判を下げるだけでなく、亡くなった夫を裏切る行為だと見なされました。さらに、その女性の子供たちの将来にも傷がつくと考えられていたのです。
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「お手本」としての烈女
夫に尽くし抜いた女性を「烈女(れつじょ)」と呼び、国が公式に表彰しました。こうして「再婚しないこと」を美徳として盛り上げる仕組みが作られていきました。
こうなると、堂々と正面から再婚するのはかなり難しいです。その結果、無理やり連れ去る形をとる「ポッサム」のような、裏口からの再婚ルートが必要とされたわけです。
法律が「子孫の出世」を阻止した
「再婚はダメ」といっても、実は女性の再婚を王朝時代を通して法律で禁止していたわけではありません。
それよりも強力だったのが「再婚した女性の息子や孫を役人に採用しない・出世させない」というルールがあったことです。この規則は成宗時代に成立しました。
これは本人への罰よりも家族にとって大きな痛手でした。女性も自分のせいで息子や孫の人生が台無しになると思えば、再婚を諦めるしかありません。また親戚一同も「一族から落第者を出したくない」と必死になって再婚を止めました。
「褒美」が未亡人を追い詰める
再婚を止める力は罰だけではありませんでした。国は貞節を守り通した女性がいる家に魅力的な「ご褒美」を用意したのです。
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村の入り口に建つ「名誉の門」
役所は素晴らしい女性がいることを証明する「烈女門」という門を建てる許可を与えました。これは一族にとって最高の名誉です。
評判がいいと村で困った時に助けてもらいやすくなりますし、逆に評判が悪いと村で批判を受け孤立することもあります。狭い村社会では評判が結構効いてくるのです。
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税の免除という現実的なメリット
単なる名誉だけでなく、烈女門が建つとその家の税を免除したり負担を軽くしたりする優遇措置もありました。
未亡人が再婚せずにいてくれればその家は「名誉」と「免税」の両方を手に入れられたのです。逆に言えば女性が再婚してしまうとそれらのメリットがすべて消えてしまいます。
こうして、本人の気持ちとは裏腹に周りの親族たちが家の利益のために再婚させないよう圧力を書けるようになるのです。
こうして女性の再婚は違法ではないが実行が難しい状態が続きました。
ポッサム婚はどうして生まれたのか
とはいえ朝鮮時代は女性の働き口は限られますし、夫が亡くなれば寡婦は生活に困ります。
両班であれば家に経済力があるので家の名誉のために未亡人を養い続けることはできるでしょう。でも庶民の中にはそうも言ってられない家もあります。
現実的に生きていくためには再婚を選ばないと行けない人もいます。
そこでさらわれた形にするポッサム婚が生まれました。
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本人:「私が再婚を選んだわけではない」
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家族:「防げなかった」
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村:「仕方がない」
もちろんポッサム婚をしても再婚の事実は消えません。子の役人登用はなくなりなりますし、烈女門は建ちませんし免税も受けられません。
でもポッサム婚の形にすれば周囲の批判は弱められます。
ポッサムの誤解
「朝鮮全土の一般的な結婚制度」ではない
ポッサム婚は法律で定められた婚姻制度ではありません。全国的に記録が残っているわけでもありません。特定の地域に偏って残りやすいとされています。
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北部・東北部の農村で事例が見られやすい
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都市部(漢城=現在のソウルなど)では記録が少ない
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両班など上層階級の女性を対象にした例はほぼない
そのため朝鮮時代を代表する結婚制度とはいえず。一部の地域で行っていたものと思われます。
史実のポッサムは袋詰めだけではない
ドラマでは、頭から袋を被せて強引に担ぎ去るシーンが定番となっています。でも史実ではいつも袋詰めしていたわけではないようです。
大きな布を体にかけたり、包むような仕草を見せたりすることもありました。
ここで重要なのは「どう運ぶか」という手段よりも、布で覆い隠すことによって「本人の意思で移動しているのではない」という建前を見せることです。
世間に「さらわれましたよ」「私が望んで再婚したのではありませんよ」と表現する役割が大きかったようです。
合意があるポッサム/合意がないポッサム
一口にポッサムと言っても、その内実は「合意の上での形ばかりの誘拐」と「弁解の余地のない犯罪行為」存在します。
合意があるポッサム(形だけの誘拐)
本人や親族が再婚に納得していても、当時の社会道徳では正面切って再婚を宣言すると批判を浴びるリスクがありました。
そこで、あえて夜陰に乗じて迎えを呼び布を被って連れ去られるという「誘拐の形」を演じたのです。
合意がないポッサム(犯罪行為)
一方で、本人や家族の意思を完全に無視した非道な連れ去りも存在しました。
こちらは再婚の手段ではなく、明らかな誘拐事件です。 暴力や財産目的が絡むことも多く、家族が役所へ訴え出れば当然ながら調査が入り、処罰の対象となりました。
記録には残りにくい
伝承や役所の記録でポッサムがあったということは分かるのですが、具体的な件数は不明です。
合意の場合は公表しにくい性質のものなので、村内の話し合いで解決すれば役所の記録には残らないのです。
通報された犯罪行為の分はわかりますが、それも氷山の一角かもしれません。
ドラマでよくある描写と史実のズレ
韓国時代劇では、ポッサム婚が物語を動かす装置として使われることが多く、史実とは違う演出が行われています。
① 王族や両班の女性が対象になる
史実で多く語られるのは農村に暮らす庶民層の寡婦です。
身分の高い女性は監視や政治的な影響が強く、夜中に連れ去って既成事実化することが難しいです。
そのため上層階級が対象になる描写は誇張と考えられます。
② 連れ去りを恋愛の始まりとして描く
時代劇ではポッサム婚が恋愛の始まりとして描かれることがあります。でも実際には恋愛よりも次のような事情が優先されます。
- 働き手が足りず、家計が維持できない
- 子どもの養育が成り立たない
- 夫の親族の家で暮らし続けるのが難しい
つまりポッサム婚は好きだから連れ去るというより、再婚が必要になった家庭がそれを実現させるための手段として選ぶ場合が多かったといえます。
③ 袋詰め描写が標準だと見せる
ドラマでは必ずといっていいほど人間を袋詰めにして担いで運ぶ演出が入ります。確かに袋詰めは視覚的に分かりやすい演出です。
でも実際には、包む動作を見せるだけの例もあり、必ず袋詰めにするわけではなかったようです。
ドラマは分かりやすさを優先している
ドラマは物語として成立させるために、
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身分の高い女性を登場させる
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連れ去りが恋愛の始まり
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視覚的に派手な演出を用いる
という演出が行われます。
でも史実のポッサム婚は生活と家の事情が絡んで仕方なく行うものです。この違いを理解すると、時代劇の見方も変わってくると思います。
よくある質問(FAQ)
Q. ポッサム婚は朝鮮時代の正式な結婚制度ですか?
A. いいえ。法律で定められた制度ではなく、一部地域で行われた慣行です。
Q. ポッサム婚は必ず本人の合意がありましたか?
A. いいえ。合意がある場合と、誘拐として問題になる場合があります。
Q. 布でぐるぐる巻きにするのが本当ですか?
A. 演出としては多いですが、史実では形に幅があります。目的は「さらわれた形」を示すことです。
Q. なぜ再婚が成立しやすくなるのですか?
A. 本人の意思で再婚したと見られると非難されやすいためです。
まとめ
ポッサム婚とは寡婦の再婚を「さらわれた形」にして成立させる、一部地域の慣行です。また本人の合意がないポッサムも行われ、こちらは犯罪として処理されました。
史実のポッサムは恋愛のための連れ去りではなく、生活や家の事情から再婚するための手段でした。女性を貞操で縛り付ける儒教的価値観と、生活を成り立たさなければいけない民衆の現実がぶつかりその妥協策として生み出されたのがポッサムと言えるでしょう。
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