韓国ドラマ『麗〜花萌ゆる8人の皇子たち〜』には、第8皇子ワン・ウクの妻としてヘ・ミョンが登場します。ヘ・ミョンはヘ・スのいとこでワン・ウクの正室です。
このヘ・ミョンは実在した人物でしょうか。
結論からいうと、ドラマのヘ・ミョンは実在しません。ただし第8皇子ワン・ウクの妻にあたる女性は実在しました。その人物が宣義王后 柳氏です。
この記事ではドラマのヘ・ミョンと史実の宣義王后 柳氏がどのような人物だったのか。原作になった若曦に登場する第八皇子の妻たちとの違いについても紹介します。
ヘ・ミョンは実在したのか
ヘ・ミョンは実在しない
ヘ・ミョンは第八王子 王旭(ワン・ウク)の妻ですが、実在の王旭の妻はヘ・ミョンではありません。王旭の妻や側室の中にヘ・ミョンという人物はいません。
史実の王旭(ワン・ウク)の妻は宣義王后 柳氏です。宣義王后 柳氏は高麗初代王・太祖と貞徳王后 柳氏の娘。
つまり王旭と柳氏は異母兄妹で結婚したことになります。
ヘ・ミョンのプロフィール
- 名前:解明(ヘ・ミョン)
- 立場:第8皇子 ワン・ウクの正室
- 親族:ヘ・スのいとこ
- 特徴:優雅な外見、文芸に深い教養がある
- 体質:体が弱く、病を抱えている
- 夫:第8皇子ワン・ウク
ドラマのヘ・ミョンは大きな力を持つヘ氏一族の女性として描かれます。
ヘ・スとはいとこ同士。そのためヘ・スがワン・ウクの屋敷に身を寄せることになり、ワン・ウクとヘ・スの関係が近くなるきっかけになりました。
ドラマのヘ・ミョンの役割
ヘ・ミョンは第8皇子ワン・ウクを慕う女性です。ワン・ウクがまだ皇子の身分を回復していなかったころからヘ・ミョンはワン・ウクとの結婚を望みました。
結婚後もヘ・ミョンはワン・ウクに一途な想いを寄せています。ワン・ウクはそれほどヘ・ミョンを愛してはいません。
さらにワン・ウクがヘ・スに心を寄せていることに気づきます。ヘ・ミョンはワン・ウクを責めず2人の気持ちを受け入れまました。そして最後は、病気のため若くして亡くなります。
ドラマのヘ・ミョンはワン・ウクとヘ・スの関係を進めるために設定された人物といえるでしょう。
『宮廷女官 若曦』との違い
『麗〜花萌ゆる8人の皇子たち〜』は中国ドラマ『宮廷女官 若曦』をもとにした作品です。
『宮廷女官 若曦』では八皇子の妻として郭絡羅・明慧と馬爾泰・若蘭という2人の女性がいます。
郭絡羅・明慧は八皇子の正妻。
名門一族の出身で八皇子を愛してはいますが、八皇子からはそれほど深く愛されてはいません。最終的に明慧は雍正帝の粛清対象になって自ら命を断ちます。妹の明玉がいてヒロイン若曦と対立したりします。
馬爾泰・若蘭は八皇子の側室でヒロイン若曦の実の姉です。八皇子は若蘭を愛していますが、若蘭はまったく八皇子を愛していません。最後は病に倒れ離縁を望みます。
『麗〜花萌ゆる8人の皇子たち〜』のヘ・ミョンは 八皇子の正妻とヒロインの血縁者で八皇子と出会うきっかけを作る人物を一人にまとめているのです。
『麗』ではヒロイン ヘスの恋愛と彼女をとりまく王子たちの物語に重点が置かれているため。八皇子の妻関係のエピソードは大胆に削除。重めのエピソードはことごとくカットされています。
宣義王后 柳氏とは?
史実ではヘ・ミョンの立場にいるのは柳氏。宣義王后 柳氏は高麗の初代国王 太祖と、貞徳王后 柳氏とのあいだに生まれた王女です。
宣義王后 柳氏のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 宣義王后 柳氏 |
| 漢字 | 宣義王后 柳氏 |
| 本貫 | 貞州柳氏 |
| 出身王家 | 高麗王室・開城王氏 |
| 父 | 高麗第1代 太祖 王建 |
| 母 | 貞徳王后 柳氏 |
| 夫 | 戴宗大王 王旭 |
| 子供 | 孝徳太子、成宗 王治、敬章太子、献哀王后、献貞王后 |
| 備考 | 夫の王旭は生前に即位していませんが、のちに息子の成宗が即位したため、父母に追尊号を贈り、宣義王后も王后の列に入りました。 |
宣義王后の子どもは孝徳太子・成宗王治・敬章太子の3男と、献哀王后・献貞王后の2女です。
次男の成宗、外孫(娘の子)の穆宗、外孫の顕宗が王位についたため柳氏の血筋は高麗中期王統に強くつながりました。
家族
父:太祖 王建
877年に生まれ、918年に即位して943年まで在位した高麗の初代国王。
母:貞徳王后 柳氏
貞州柳氏の女性。父親は最高官職の侍中を務めた柳徳英。
柳氏は太祖と貞徳王后のあいだに生まれた娘で次女にあたるとされています。
第八王子 王旭との婚姻
時期は不明ですが柳氏は 王旭の妻となりました。
戴宗は太祖と第4妃・神静王后 皇甫氏の息子です。つまり二人は父親が同じ異母兄妹にあたります。
当時の高麗王室では王族同士の婚姻が一般的でした。二人の結婚もそうした慣習に沿ったものでした。
子供たちと早すぎる別れ
宣義王后と戴宗のあいだには3男2女が生まれました。
次男の開寧君 王治が、のちに高麗第6代国王の成宗となります。娘は献哀王后と献貞王后で、姉妹はそろって高麗第5代国王・景宗(キョンジョン)の王后になりました。
しかし宣義王后と夫の戴宗はどちらも若くして世を去ってしまいます。残された幼い子どもたちを育てたのは戴宗の母親 神静王后 皇甫氏でした。
息子の即位とのちに贈られた「王后」の座
宣義王后の次男 開寧君 王治は景宗の後を継いで高麗 第6代国王・成宗として即位しました。即位後に成宗は亡き両親に王と王妃の称号を贈りました。
柳氏は「宣義王后」、王旭は「戴宗」と呼ばれます。
高麗王室の未来へ血筋をつないだ子どもたち
長女:献哀王后 皇甫氏(964年~1029年)
景宗の妃となり、のちに第7代国王となる穆宗を生みました。
次女:献貞王后 皇甫氏(959年頃~992年または993年)
同じく景宗の妃となり、のちに第8代国王となる顕宗を生みました。
このように宣義王后が命をつないだ子供たちは成宗、穆宗、顕宗へと続く高麗王室の中心的な系譜を形作ることになります。
ヘ・ミョンと宣義王后 柳氏の共通点
ヘ・ミョンと宣義王后 柳氏の共通点は、第8皇子ワン・ウクの妻という立場です。
ドラマのヘ・ミョンは、ワン・ウクの正室夫人です。
史実の宣義王后 柳氏も、ワン・ウクの妻でした。
また、早く亡くなる点も重なります。
ドラマのヘ・ミョンは病弱で、最後はワン・ウクの背中で亡くなります。
史実の宣義王后 柳氏も若くして亡くなり、子どもたちは神静王后 皇甫氏のもとで育ちました。
「ワン・ウクの妻」「早く亡くなる女性」という点で、ヘ・ミョンには宣義王后 柳氏と重なる部分があります。
ヘ・ミョンと宣義王后 柳氏の違い
ヘ・ミョンと宣義王后 柳氏は出自が違います。
ヘ・ミョンは、ドラマでは解(ヘ)氏一族の女性です。ヘ・スのいとです。
一方、宣義王后 柳氏は柳(ユ)氏一族。高麗太祖と貞徳王后 柳氏の娘です。王建の娘で王女。夫のワン・ウクとは父を同じくする異母兄妹でした。
子どもについても大きく違います。
宣義王后 柳氏には孝徳太子、成宗、敬章太子、献哀王后、献貞王后の3男2女がいました。次男の成宗は、高麗第6代王になりました。2人の娘、献哀王后と献貞王后は、景宗の王后になりました。
ドラマのヘ・ミョンには成宗の母、献哀王后と献貞王后の母という役割はありません。
ヘ・ミョンは、ワン・ウクを一途に愛し、ワン・ウクとヘ・スの関係を受け入れて亡くなる女性としてだけ描かれます。
まとめ
ヘ・ミョンは史実には存在しない人物です。でも第8皇子ワン・ウクの妻にあたる女性は実在しました。それが宣義王后 柳氏です。
ヘ・ミョンと宣義王后 柳氏はワン・ウクの妻や早く亡くなる女性という点では共通します。
でもヘ・ミョンは有力一族ヘ氏の出身でヘ・スのいとこですが、宣義王后 柳氏は太祖の娘です。宣義王后 柳氏は成宗、献哀王后、献貞王后の母でもあります。
さらにヘ・ミョンは原作『宮廷女官 若曦』の郭絡羅・明慧と馬爾泰・若蘭の役割を一人で担当しています。
ヘ・ミョンは『若曦』をもとに、高麗時代にあてはめて脚色された人物なのです。

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