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元敬王后 (ウォンギョンワンフ)閔氏とは?太宗の正妃・世宗の母の生涯

元敬王后(ウォンギョン) 閔氏(ミン氏)は李氏朝鮮3代国王 太宗の正室。世宗の母親です。

太宗即位前の王子の乱では閔氏一族が李芳遠を支えましたが、太宗の即位後は弟の閔無咎・閔無疾・閔無恤・閔無悔は処刑されました。

史実の元敬王后 閔氏どんな人物だったのか。生没年、家族、年表、一族の粛清、元敬王后の最後までを紹介します。

 

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元敬王后 (ウォンギョン) 閔氏(ミン氏)とは?

ミン氏のプロフィール

名前

  • 姓:閔(韓:ミン、日:びん)
  • 名:不明
  • 称号:元敬王后(ウォンギョンワンフ、げんけいおうこう)
  • 本貫:驪興閔氏

生没年

  • 生年月日:1365年7月29日
  • 没年月日:1420年8月18日
  • 享年:56歳

 

家族

彼女が生きたのは高麗末期~朝鮮王朝(李氏朝鮮)の主に3代太宗の時代です。日本では室町時代になります。

元敬王后の家系図

元敬王后 閔氏の家系図

元敬王后 閔氏の家系図

 

元敬王后の年表

  • 1365 誕生
  • 1382 結婚(17歳頃)
  • 1398 第一次王子の乱
  • 1400 太宗即位
  • 1401 1月10日 王妃になる
  • 1410 弟(ミン・ムグ、ムジル)の賜死
  • 1416 弟(ミン・ムヒュル、ムフェ)の賜死
  • 1418 世宗即位、厚徳王大妃
  • 1420 7月10日 薨去

 

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ミン氏の生涯

1365年。開京(開城)で生まれました。

父は高麗の役人・閔

閔氏の祖先は高麗時代に中国山東省から移り住んできました。

17歳のころ。高麗の将軍・李成桂(イ・ソンゲ)の5男・芳遠(バンウォン)と結婚しました。

芳遠との仲は良く4男4女をもうけました。

1392年。李成桂らによって高麗が滅亡。朝鮮王朝が建国。

閔氏は靖寧翁主の称号を与えられました。

 

第一次王子の乱

太祖・李成桂は8男・芳碩を王世子にしました。

閔氏はその決定が不満で夫の芳遠に決起するように言いましたが、芳遠は父との対立を恐れて動きませんでした。

1398年。鄭道傳は私兵の廃止法を成立。全ての私兵と武器を国のものにしようとしました。夫の芳遠は鄭道傳のやり方に不満でした。閔氏は自分の家の武器を隠します。

その後、太祖が病気になると芳遠に武器を渡して夫を激励します。芳遠は閔氏の兄弟・閔無咎(ミン・ムグ)、閔無疾(ミン・ムジル)とともに決起。鄭道傳と芳碩らを殺害しました。

芳遠は兄の芳果を王世子にて即位させました(定宗)。太祖は失意のうちに退位しました。

閔家は閔霽らが中心になって芳遠が王になれるように運動を起こしました。

1400年。2月。芳遠に不満を持つ李芳幹が挙兵。芳遠らは李芳幹の軍を鎮圧。芳遠を恐れた定宗とその妃は譲位しました。

 

悲劇の続いた太宗の時代

閔氏が王妃になる

11月。芳遠は即位。朝鮮の第3代国王・太宗になりました。

閔氏は王妃になりました(元敬王后)。

太宗が閔一族を警戒

元敬王后閔氏は自分の実家が夫・太宗とともに政治を行うのを望みました。ところが太宗は閔一族の力が強くなるのを不安に考えます。

すでに閔無咎、閔無疾は朝廷でも高い地位にいました。さらに力を持てば朝廷が閔一族に牛耳られると恐れたのです。

たくさんの側室をもつ太宗と不仲になる

さらに太宗は王になった後、多くの側室をもちました。それが不満な閔氏は太宗と口論になることが多くなります。二人の仲は悪くなりました。そのうち太宗は元敬王后閔氏が暮らす交泰殿には来なくなりました。

実家が粛清される

1404年。長男の譲寧大君が王世子になりました。

しかし譲寧大君は閔家で育てられ閔無咎、閔無疾と親しくしていました。譲寧大君が王になると閔一族が更に強くなるのではないかと警戒します。そこで太宗は閔氏一族を排除することにしました。

1406年。太宗は退位すると発表すると、閔無咎、閔無疾は喜びます。しかし太宗は退位を撤回。閔無咎、閔無疾は済州島に流罪になりました。

1408年。父・府院君閔齊は死亡しました。息子たちの流刑にショックを受けていたといいます。

1410年。流刑先で閔無咎、閔無疾は死罪になりました。

1416年。元敬王后の弟の閔無恤(ミン・ムヒュル)と閔無悔(ミン・ムフェ)は兄たちの死に不信感を持っていると譲寧大君が告発。それがきっかけになり二人の弟は死罪になりました。

元敬王后は4人の兄弟を夫によって死罪にされてしまいます。

譲寧大君が廃位、忠寧大君が世子になる

1418年。王世子だった譲寧大君が廃位され、三男の忠寧大君が王世子になりました。この決定に最後まで反対しました。

忠寧大君はすぐに即位して世宗となりました。

1420年。死亡。56歳でした。

 

テレビドラマ

龍の涙 KBS 1996年 演:チェ・ミョンギル
大王世宗 KBS、2008年 演:チェ・ミョンギル
チョン・ドジョン KBS 2014年 演:コ・ナウン
六龍が飛ぶ SBS、2015年 演:コン・スンヨン
ポンダンポンダン王様の恋 MBC 2015年 演:イム・イェジン
太宗イ・バンウォン KBS、2021年 演:パク・ジニ
ウォンギョン TVING、2025年 演:チャ・ジュヨン

 

 

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王妃・側室
この記事を書いた人

 

著者イメージ

執筆者:フミヤ(歴史ブロガー)
京都在住。2017年から韓国・中国時代劇と史実をテーマにブログを運営。これまでに1500本以上の記事を執筆。90本以上の韓国・中国歴史ドラマを視聴し、史実とドラマの違いを史料(『朝鮮王朝実録』『三国史記』『三国遺事』『二十四史』など)に基づき初心者にもわかりやすく解説しています。類似サイトが増えた今も、朝鮮半島を含めたアジアとドラマを紹介するブログの一つとして更新を続けています。

詳しい経歴や執筆方針は プロフィールページをご覧ください。
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