淑妃 額爾徳特（エルデト）氏 文繡（ぶんしゅう）は清朝最後の皇帝 宣統帝 愛新覚羅 溥儀（あいしんかくら・ふぎ）の側室です。
清朝皇帝が権力を失ったあとで妃になりました。
文繡（ぶんしゅう）と溥儀たちは紫禁城を追い出されて天津で暮らしました。でも溥儀との生活はうまくいかず離婚します。
側室が自分から皇帝に離婚を言い出すのは王朝時代には考えられないこと。文繡は中華民国の法律を使って離婚を成立させました。
この「事件」は当時も有名になりました。
その後、教師として暮らしましたが、元妃を世間がそっとしておくはずがなくジャーナリストに追いかけられ。職を転々としました。
最後は貧しい暮らしの中、亡くなったといいます。
清朝最後の皇妃・文繡（ぶんしゅう）について紹介します。
文繡（ぶんしゅう）
いつの時代の人？
生年月日：1909年12月20日
没年月日：1953年9月17日
享年：43歲
姓：額爾徳特（エルデト）氏
名：文繡（ぶんしゅう）
幼名：大秀
称号：淑妃
地位：側室、第二夫人。
旗籍：蒙古八旗 鑲黄旗
父：端恭
生母：蒋氏
夫：愛新覚羅溥儀、劉振東
子供：なし
清王末期から中華人民共和国初期の人物です。
日本では明治から昭和になります。
おいたち
文繡（ぶんしゅう）はモンゴル人。
実家は蒙古八旗のエルデト（額爾徳特）氏
清順治元年（1644年）にドルゴンとともに北京にやってきて北京安定門の内側で暮らすようになりました。
エルデト（額爾徳特）氏はかつては重臣を出したり有力な家でしたが。清朝末期には格式は高いもののかつての勢いはなく。没落してました。
逆に皇后になった婉容（えんよう）の実家ゴブロ（郭布羅）氏は古くからの名家ではありませんが、裕福な家庭でした。
宣統元年（1909年12月20日）。文繡は北京で誕生。
1912年。清朝は帝政を廃止。
中華民国のもとで清朝皇室は残りました。
1917年。8歳のとき、北京の私立敦本小学校に進学。子供の頃から読書が好きでした。
皇帝 溥儀の側室になる
1921年。皇帝 溥儀の妻を選ぶことになりました。
その知らせを聞いた叔父の華堪は母親の蒋氏と相談して文繡の写真を皇室に送ります。10代同治帝の側室だった敬懿皇貴妃は文繡（ぶんしゅう）を皇后候補に選びました。ところがエルデト（額爾徳特）氏はすでに没落。11代光緒帝の側室だった端康皇貴妃が反対しました。
1922年。12歳のとき、文繡は溥儀の淑妃（側室）になりました。相手の溥儀は16歳。
文繡は西太后や多くの皇后たちが暮らした西六宮の長春宮で暮らすことになりました。毎朝、太妃や溥儀に挨拶に行った後は、長春宮に戻り扉を締めてひっそりと暮らしました。
宮中の太妃やそこで働く者たちは文繡の礼儀正しさを褒めましたが。溥儀は文繡を気に入りません。文繡は皇帝から相手にされませんでした。
紫禁城を追い出されて天津へ
1924年。中華民国内でクーデター（北京政変）が起こり。中国は内乱になりました。北京を占領した「清室優待条件」を廃止。北京を占領した馮玉祥たちによって清朝皇室は紫禁城を追い出されてしまいます。
溥儀たちを受け入れてくれるところはどこもなく。日本だけが受け入れを認め、溥儀たちは天津の張園にある日本租界で暮らし始めました。
天津の租界地は中華民国政府の権限が及ばない治外法権の場所。内乱が続いていましたが、日本租界には内乱の影響は及びませんでした。
1925年。溥儀は３階建ての屋敷に引っ越ししました。2階で婉容が暮らし、1階で文繡と使用人たちが暮らしました。
ところが婉容と文繡の仲はよくありません。婉容は散財するタイプでしたが、婉容が街で何かを買うと、文繡も買って張り合うようになりました。溥儀の「我が半生」では二人の買い物を「競争買い」と表現しています。婉容と文繡の喧嘩も増えました。
ある年の大晦日。溥儀と婉容がくつろいでいると侍従が「淑妃（文繡）がハサミで腹を刺した」と報告してきました。溥儀は怒って「彼女（文繡）はそのやり方で人を驚かせるのに慣れている。相手にするな！」と怒鳴りました。
溥儀からは相手にされず、文繡は天津での生活に耐えられなくなります。
刀妃革命・溥儀と離婚
1931年8月25日。文繡は今の暮らしに絶えられなくなり屋敷を飛び出して宿に逃げ込み。弁護士を通じて溥儀に離婚届を出しました。
この事件は溥儀や清の皇室や旧皇族、大臣にも大きな衝撃を与えました。側室が自分から皇帝に離縁を迫るのは王朝時代では考えられません。
その後2ヶ月間、文繡は自分の考えを主張しました。家族の反対や非難、溥儀の弁護士による和解提案を無視。でも文繡は天津地裁に溥儀との離婚を求めることにこだわりました。
文繡の従兄弟の文綺はこのような内容の手紙を書き、新聞に載せて彼女を非難しました。
あなたが遜帝（溥儀のこと）に離婚を申し込もうとしていると聞いてショックを受けました。 そんなことが我が家族にできるわけがない。 我が一族は200年以上にわたって清朝に寵愛され、私の先祖と一族は4代にわたって高い地位を占めています。 たとえ虐待を受けたことが事実であっても、清家（清朝の皇帝一族）の恩に報いるために、死ぬまで忍耐強く耐えるべきだったのです。 よくもまあ、こんなことを。あなたはどうかしている、とても不条理だ！
額爾徳特 文綺
と親族からも批判を浴びました。
文繡も従兄弟の文綺に対抗して新聞に自分の主張を載せて反論しました。
長いので要点だけ書くと。
兄（文綺）は中華民国の法律を無視して新聞上で妹（文繡）に死を選ぶことを強要しています。清朝が続いていれば清の法に従いました。遜帝（溥儀）が宮殿を出た時、中華民国の国民になるのは嫌だと言いました。私は鋭い刃物を持って清国のために死ぬ覚悟をしました。でも遜帝は天津に来て民国の国民になるのを選んだのです。それなら民国の法に従うべきです。民国は法に男女、種族、宗教、階級による差別をうけることなく平等だと書いています。でも私は平等に扱われたことがありません。だから弁護士をたてて離婚をする方法を相談しているのです。兄も法を知るべきです。
額爾徳特 文繡
という内容でした。
この新聞上のやりとりは「皇妃が皇帝に離婚を迫った」という事件とともに人々の話題になり世間では「刀妃革命」と呼ばれました。刀（刃物）を持って自決しようとした妃が起こした革命という意味でしょう。
弁護士と相談して書いたのでしょうけれど。100年前の中国とは思えないほど現代的な内容です。法律があるのと実際に運用されている・守られているのは違いますが。当時の天津は外国の文化が入っているので軍閥が戦っている他の地域よりも進んでいたのは確かでしょう。
1931年10月22日。こうして離婚が成立。溥儀が慰謝料5万5千元を支払うことで離婚が成立しました。このとき溥儀は「文繡は再婚しない」という条件を出しました。
離婚成立後、清朝の元大臣たちは文繡を廃するべきと説得。溥儀は北京、天津、上海の新聞に
淑妃は勝手に別れを持ち出し、祖法に反した行いをしている。よって爵位を取り上げ、妃の地位を廃して庶人とする。
愛新覚羅 溥儀
と載せました。
溥儀は離婚を認めまたものの、皇帝としてのメンツ丸つぶれ。溥儀は文繡が出ていったのは婉容のせいにしました。溥儀と婉容の仲も険悪になります。
晩年の文繡
小学校教師になるものの
文繡は離婚後、平民の生活に戻りましたが4人の侍女を雇い、宮中の習慣を守った生活をしていました。
文繡は北平の私立四順小中学校で「傅玉芳」の名で中国語と中国画を教えはじめました。子供たちの教育のために生きようと思ったのです。
しかし、すぐに彼女が最後の皇妃・文繡であるとばれてしまい、連日多くの人が学校に押しかけ、記者たちが彼女のことを報道するようになりました。
学校に務められなくなった文繡は辞職。人前に出ずに暮らしていまいしたが、元皇妃だとばれてしまい結婚を申し込まれてしまいます。でも溥儀との離婚の契約で再婚しないことにしていたので断りました。
その後は、贅沢な暮らしはできなくなって持っていた首飾りなどを売って生活していましたが、従兄弟を頼りました。その後、様々な下働きをして路上でタバコを売っていたところを記者に見つかってしまい報道されてしまいます。
1947年。38歳だった文繡は知人の紹介で華北日報の校正の仕事に就くことになりました。
中華民国将校と再婚
第二次世界大戦後。劉振東と結婚。
劉振東は中華民国の軍人で裕福な暮らしをしていました。披露宴は北京で有名なレストランで行われテーブルにはフカヒレが並ぶ豪勢なものでした。
ところが1949年。中華民国の蒋介石は、毛沢東率いる共産軍との戦いに敗れ南京から台湾に逃亡。
中華人民共和国が中国大陸を支配下におきました。
劉振東一家は北京を脱出しようとしましたが、すでに共産軍に包囲されて逃げられませんでした。
劉振東は全ての権限を中華人民共和国に奪われ破産します。
文繡の最期
その後。劉振東は清掃員として生計を立て文繡は劉振東とともに10坪の家で暮らしました。生活は貧しかったといいます。
1953年9月17日。文繡は心臓発作のため死亡しました。享年43歲。死んだ時、そばにいたのは劉振東だけでした。
その後、劉振東と清掃員によって北京の安定門外に埋葬されました。
映画
ラストエンペラー（The last Emperor） 1987年、伊・中・英・仏・米 合作。 演：ヴィヴィアン・ウー
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