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韓国史

王妃・側室

元敬王后 閔氏(ミン氏) 李芳遠を助け王にしたのに兄弟は死罪・実家は沒落

元敬王后 閔氏(ミン氏)は李氏朝鮮・第3代国王 太宗の正室。世宗の母親です。李芳遠が権力を握っていく間、夫を助け重要な役割を果たしました。彼女の一族も芳遠を王にするために協力しました。芳遠が王になると閔氏は元敬王后となりました。しかし太宗は...
重臣

孟思誠(メン・サソン)黄喜とともに世宗を支えた重臣

孟思誠(メン・サソン)は李氏朝鮮の重臣です。太宗や世宗の時代に活躍しました。特に世宗時代には要職につき黄喜(ファン・ヒ)とともに世宗を支えました。世宗と重臣たちが対立した時、孟思誠と黄喜はそれぞれ違った立場から王を支えました。黄喜が正論を主...
王子

孝寧大君・世宗の兄は仏教マニア

孝寧大君は太宗の次男。世宗の兄です。王位争いには加わらず、政治的活動もしていないので歴史上はほ無名です。しかし仏教に関心を持ち、生涯を通じて仏教の保護活動を行いました。朝鮮の仏教界では重要な人物でした。自ら経典を翻訳したり寺院建立に関わりま...
重臣

黄喜(ファン・ヒ)太宗と世宗の信頼の厚かった重臣

黄喜(ファン・ヒ)は李氏朝鮮の重臣。特に太宗、世宗に仕えた重臣です。高麗時代に役人になった黄喜は、李氏朝鮮になってもなかなか従おうとしませんでした。有能さを認められ太宗に信頼されますが、後継者問題で太宗と意見があわず左遷されます。世宗の即位...
王女

和緩翁主(ファワンオンジュ)は思悼世子の迷惑行為に悩まされイサンと対立した?

和緩(ファワン)翁主は李氏朝鮮国王・英祖の娘です。英祖がとくに可愛がっていた娘だといわれます。ドラマでは思悼世子を陥れたり、世孫(正祖:イ・サン)と対立する悪女として描かれていますね。でも当時の記録を見るとむしろ思悼世子の行いに迷惑している...
高麗の重臣や人々

キル・テミのモデルになった高麗の武人:林堅味

林堅味(イム・ギョンミ)は高麗の重臣。韓国ドラマ「六龍が飛ぶ」に登場したキル・テミのモデルになった人物です。ドラマでは派手な外見のニューハーフ的な剣士として描かれました。実在の林堅味(イム・ギョンミ)は剣士ではなく軍を指揮する武将です。林堅...
高麗の国王

高麗 忠宣王:改革熱心な王が二度の挫折で高麗暮らしが嫌になった

忠宣王は高麗の26代国王。韓国ドラマ「王は愛する」では世子ワン・ウォンとして登場します。幼い頃から元で人質として暮らし、王に即位後も多くの時間を元で暮らしました。モンゴル帝国(元朝)の首都・大都(現在の北京)で暮らして高麗の家臣たちに指示を...
重臣

趙泰耉(チョ・テグ) 代理政聴を命がけで防いだ少論のリーダー

趙泰耉(チョ・テグ)は李氏朝鮮の重臣です。19代粛宗~20代景宗の時代に活躍し臣下としては最高位の領議政になりました。少論派に所属して景宗を支持して老論と対立しました。しかし極端な処分をもとめる少論の強硬派とは違う意見の持ち主でした。史実の...
重臣

李頤命(イ・イギョム) 延礽君を支持した老論4大臣の一人

李頤命(イ・イギョム)は金昌集(キム・ジャンチプ)、趙泰采(チョ・テチュ)、李健命(イ・ゴンミョン)らと並ぶ老論4大臣の一人。王の後継者に延礽君を支持して少論派と対立しました。史実の李頤命はどんな人物だったのか紹介します。李頤命(イ・イギョ...
王妃・側室

宣懿王后魚氏:20歳で大妃、薄命だった景宗の妃

宣懿王后魚氏(ソニ王妃オ氏)は李氏朝鮮王朝20代景宗の妃です。14歳のとき当時世子だった景宗の2人目の妃になりました。景宗が短命だったため20歳で大妃になってしまい若くしてこの世を去りました。史実の宣懿王后はどんな人物だったのか紹介します。...
重臣

李光左(イ・グァンジャ)英祖を支えた少論の穏健派

李光左(イ・グァンジャ)は李氏朝鮮の重臣。少論とよばれる派閥の実力者でした。当時の少論にも様々な考えの人がいておもに穏健派と強硬派に分かれていました。李光左は穏健派になります。英祖時代には少論穏健派のリーダーでした。史実のどんな人物だったの...
重臣

閔鎮遠(ミン・ジノン)英祖と対立と和解を繰り返した老論の過激派

閔鎭遠(ミン・ジノン)は李氏朝鮮王朝の粛宗から英祖時代の重臣です。名前が表によく出るのは英祖時代ですが、景宗時代から老論派の実質的なリーダーでした。史実の閔鎭遠はどんな人物だったのか紹介します。閔鎭遠(ミン・ジノン)の史実いつの時代の人?生...
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