杜荷(と・か)は7世紀の唐の役人。
李世民の臣下で唐の建国に貢献した杜 如晦(と・じょかい)の息子です。
杜荷は李世民の娘・城陽公主(じょうようこうしゅ)と結婚。駙馬都尉(ふばとい:皇帝の娘婿)になりました。
皇太子^ 李承乾と親しかったようです。
ところが李承乾は李泰と対立。杜荷は、李承乾の挙兵に加担して捕まり。処刑されてしまいます。
中国ドラマ「長歌行」では皓都(こう・と)の名前で登場します。
史実の杜荷はどんな人物だったのか紹介します。
杜荷(と・か)の史実
いつの時代の人?
生年月日:616年
没年月日:643年
名前:杜荷(と・か)
称号:駙馬都尉、襄陽郡公
本貫:京兆郡杜陵県
父:杜 如晦(と・じょかい)
母:不明
妻:城陽公主(じょうようこうしゅ)
子供:なし
彼が生きたのは唐の時代です。
日本では飛鳥時代になります。
隋の大業12年(612年) 杜荷(と・か)が誕生。
父は隋で吏部(人事担当の役所)に務める 杜如晦(と・じょかい)。
杜如晦は隋末期、吏部を辞めて故郷に帰っていたところ、李淵(り・えん)が挙兵すると杜如晦も参加。李世民(り・せいみん)の参謀・房玄齢(ぼう・げんれい)のもとで働きました。
その後、唐に仕えますが。玄武門の変の前に讒言で職を追われていましたが。太宗 李世民が即位すると、杜如晦は朝廷に戻ってきます。
杜如晦は太宗 李世民の信頼を得て、太宗と長孫皇后の間に生まれた城陽公主(じょうようこうしゅ)と杜荷を結婚させました。
杜荷は駙馬都尉(ふばとい:皇帝の娘婿)になり。「襄陽郡公」の爵位が与えられました。
尚乗奉御の官職に就きます。尚乗奉御(しょうじょうほうぎょ)とは皇帝が帝が乗る馬や輿を管理する部署・尚乗局の長官です。
皇太子 李承乾の廃位事件
杜荷は妻が長孫皇后の娘・城陽公主だったためか。皇太子 李承乾(り・しょうけん)とは親しくしていました。
皇太子 李承乾の同母弟・魏王 李泰(り・たい)は太宗 李世民のお気に入りの息子。李承乾は異国趣味のため保守的な知識人からは評判がよくありません。
魏王・李泰は皇太子の地位を狙うようになり「李承乾は皇太子にふさわしくない」と噂を流しました。重臣の中からも李承乾は皇太子にはふさわしくないという意見が出ます。
皇太子 李承乾は廃されるのではないかと不安になりました。
そこで643年。皇太子李承乾は張師政、紇干承基を派遣して李泰を暗殺しようとしましたが失敗。
すると杜荷は李承乾と仲の良い漢王 李元昌、兵部尚書 侯君集、李安儼、趙節、李承乾たちとともに挙兵を勧めます。李承乾は挙兵を決意。太宗のいる西宮を占拠しようとしました。
ところが紇幹承が告発。ところが事前に計画がバレてしまいます。李承乾とと杜荷たちは捕らえられてしまいます。
李承乾は投獄され。杜荷、侯君集、李安儼は謀反の罪で斬首になりました。
城陽公主は離縁され、薛瓘と再婚しました。
テレビドラマ長歌行
長歌行 2021年、中国 演:劉宇寧 役名:皓都
「長歌行」では杜荷は皓都の名前で登場。
史実では妻になる城陽公主は永安公主・李楽嫣の名前になっています。
皓都は 杜如晦の義子(養子)の設定。義父・杜如晦の命令で動いています。玄武門の変の後、李長歌を追いかけています。その途中で李楽嫣と出会い。やがて李楽嫣の夫になります。
どういうわけか、史実とは名前が異なり。杜如晦の実子ではなく養子の設定ですが。杜如晦とともに李世民に仕え、李世民の娘と結婚するのは同じです。
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