贅婿(ぜいせい)まるで奴隷?ドラマより怖い中国王朝の入婿の扱い

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中国ドラマ「贅婿[ぜいせい]~ムコ殿は天才策士~」では商家の入婿になった男の悲喜劇が面白おかしく描かれています。

贅婿[ぜいせい]とは入婿=結婚相手の女性の家で生活する男のことです。

ドラマの中でも贅婿になった主人公がまわりから笑われたりバカにされたりするシーンがあります。

劇中には「男徳学院」という入婿を教育する学校がでてきます。「男徳学院」なんてものは存在しませんし。贅婿が家事をしたり子育てをしたりすることもありません。

でも現実の贅婿はドラマよりももっと酷い扱いを受けていました。奴隷のように扱われた贅婿もいます。

ドラマよりもヒドイ、中国の贅婿の現実を紹介します。

 

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中華王朝時代の贅婿(入婿)について

ドラマの贅婿(ぜいせい)

中国ドラマ「贅婿(ぜいせい)」は武王朝という架空の時代が舞台になってます。

完全な架空の国かというとそうではなくて、武王朝は北宋をモデルにしています。歴代中華王朝でも儒教が厳しくなってきた時代です。

儒教社会の中華王朝では贅婿=入婿は男の尊厳を捨てた軽蔑される存在とされていました。でも現代人の知識を持つ寧毅は贅婿が惨めな存在だとは思っていません。

ドラマで描かれるように婿が家事や子育てをするのではありません。「男徳学院」のような学校もありませんし。入婿の教育に使われる「贅婿経」も架空の書物です。

ドラマの贅婿の描かれ方は封建時代の女性の立場を男に入れ替えただけ。実際の贅婿とは違います。

 

実際の中国の贅婿

贅婿になると結婚相手の女性の家で暮らし。その女性の両親を自分の親として扱い、その子供は母親の姓を名乗り、その子孫は母親の先祖代々の家を相続します。

儒教社会の「嫁」の立場を男が担当しています。「男尊女卑」の社会で男がこういう立場になると大変です。それだけで差別の対象になります。ふだんは虐げられている女性も贅婿が相手なら別。贅婿は女性からも差別をうけます。

本来の「男」の役目を果たしていない出来損いの男として扱われます。子供が作れない「不能」という意味ではありません。社会的に男の役目を果たせない人という意味で差別をうけるのです。

なぜ贅婿が誕生するの?

なぜ中華王朝時代にこういいう贅婿がいたのでしょうか?

王朝時代に男が贅婿になる理由はただ一つ。

「貧しいから」です。

「贅」という言葉自体が「抵当、お金を借りて払えなかったときに差し出す物」「無駄な物」を意味します。

「贅」は「贅沢(ぜいたく)」の「贅」。つまり「贅沢」とは「ムダな散財をしている」という意味です。「豪華な」という意味ではありません。

借金が払えなくて代わりに身売りした男は「贅婿」です。価値の低い男という意味も含まれます。

ドラマ贅婿(ぜいせい)の主人公・寧毅もその設定ですね。

歴史書の「後漢書」によると。借金が返せない場合、子供を3年間奴婢として働かせる「贅子」という制度がありました。その間に借金が返せれば贅子は戻ってきますが。返済できなかったらそのまま奴婢になります。

その制度の延長線上に「贅婿」があります。

借金が返せなくて運良く「贅子」ではなく「贅婿」になったとしても「結婚」は形だけ。使用人あつかいなのはかわりません。

贅婿は実家からは切り離され、妻の家の所有物として扱われます。跡継ぎを作るためだけに必要な「種馬」のような存在。生まれた子は妻の姓を名乗ります。贅婿は普段は使用人のような扱いをうけていました。

兵士になる「贅婿」

中華王朝では「徴兵」するときに贅婿を集めて前線に送り込むこともありました。

兵を出す家も真っ先に贅婿を送り出します。贅婿は他人ですし、祖先と血はつながってませんし、いなくなっても問題ない。ただの労働力兼子孫を残すための道具だからです。

とくに秦・漢ではひどかったです。

中国では戦乱の時代が何度かありました。兵士が足りなくなるので人狩りをして兵を集めました。そんなときはまっさきに贅婿が徴兵されました。

国や民が贅婿に冷たかった理由は。儒教社会の「男」のあり方からは考えられない存在で社会の秩序を乱す存在。と考えられたからです。

集められた「贅婿」たちはもう家には帰ってきません。死ぬまで前線や国境地帯で暮らすことになります。役に立たなくなったら捨てられます。

 

ドラマ「贅婿(ぜいせい)」の後半、主人公の寧毅が軍の特殊部隊を率いて活躍する場面があります。「そんなのありえないでしょ」という展開です。

でもドラマのように隊長になれるかどうかはともかく。贅婿が兵士として駆り出されることは現実にありました。戦争が起きるとまっさきに徴兵されるのは贅婿ですから。

ドラマと違うのは現実の贅婿のほぼすべてが兵士として戦場に消えていくことです。

女性の地位と連動する贅婿の地位

贅婿の地位は女性の社会的地位の上下とともに変化します。

中国王朝史上、最も女性の地位が高かったのは隋・唐の時代。隋・唐の時代になると贅婿の地位もいくらか良くなりました。

贅婿は女性の付属物のようなあつかいなので主人の女性の地位が高いと贅婿の社会的な地位も高くなるのです。

もちろん妻の家から差別を受けた人もいますが、裕福な家の贅婿になっていい生活をする人もいました。

唐の時代には贅婿が財産を持つ権利が与えられていて。離婚してもいくらか財産を与えられました。

しかし宋の時代以降。儒教がさらに普及して女性の地位が下がると贅婿の地位も下がりました。ドラマ「贅婿(ぜいせい)」がモデルにしているのはこのあたりの社会です。

また奴隷扱いされるようになります。

商人の家に贅婿が多い

贅婿が一番多かったのは商家です。

利益や損得優先で行動する商人は儒教的な価値観からは外れた存在。儒教的な綺麗事を言っていたら商売はできませんから、商人の家では家を残すために贅婿を迎えることもあったのです。

もともと贅婿は借金のカタで婿になった人です。お金を貸すほど余裕のある家でないと贅婿はいないわけです。

「士農工商」の言葉は儒教的な貴賤を表現した言葉です(中国・朝鮮では「士」は文人・貴族のこと)。その「士農工商」の順番通り儒教では商人は一番卑しい存在です。そのため贅婿は「利益優先・損得優先で生み出された卑しい存在」とされました。

贅婿は「自分の体を利用してまで妻の一族の名声や財産の分前にあずかろうとした姑息なやつ」としてますます社会から差別を受けました。

「借金が払えなくて婿になったのだからそれは違うでしょ。原因と結果を取り違えているでしょ」と言いたいところですが。中国人的発想ではそうなるようです。

大富豪に婿入したらならまだマシ?

ドラマのように大富豪に婿入りする贅婿はまだマシかもしれません。

大富豪が「贅婿」を迎える場合。家の名誉を傷つけないようにルックスの優れた人が選ばれます。贅婿には十分な金を与えて家の格式にふさわしい生活はさせてもらえました。だらしない格好をしていては家の体面にかかわるからです。

でもそのような贅婿は贅婿の中でもごく一部でした。

それに見た目はよくても体面を保つためにいい格好をしているだけ。多くの場合、一族内から軽蔑されているのは変わりません。

贅婿は嫁よりヒドイ

社会的な地位が低くても、妻の家族から大事にされなくてもいい家で暮らせたならそれでいいと思う人もいるかも知れません。

男尊女卑の時代、女性の地位は確かに低いです。でも子供が生まれれば「母」として敬われ、いい待遇をうける可能性が残されていました。

でも贅婿は「父」として敬われることはありません。たとえ自分の子がその家の跡継ぎになってもその子や孫が贅婿を父や祖父として敬うことはありません。贅婿の子らが敬うのは妻の父母やその祖先です。

贅婿は妻の家族から「家族」として扱われることはありません。子や孫から尊敬されることもありません。男尊女卑の社会でこの扱いはかなりの屈辱だったでしょう。

そして妻の死後、家を追い出されるか奴婢として生きることになります。

男尊女卑の社会だからこそ、弱い立場の贅婿は女性たちの怒りをぶつけられる対象になりやすいのです。

清朝になると贅婿を守る法律もできますが、差別的な扱いをうけるのは代わりません。

まったく救いがない存在です。

現代の婿は?

中国王朝時代の贅婿はドラマの贅婿とは違います。でもドラマの設定でも史実でもどちらにしても入婿が軽蔑される存在だったのは違いありません。

「婿」といっても日本と中国では全然扱いが違うことが分かっていただけでしょうか。

中国王朝時代には次男、三男だから、家が継げないから。という理由だけでは贅婿にはなりません。それが日本の婿養子とは大きく違うところです。だから日本の婿養子は中国では変わった制度として紹介されることがあります。

でも、むしろ中国の贅婿が異常なのですけれど。

現在の中国では一人っ子政策の影響で子供が減り、男子がいない家が増えました。そこで裕福な家では日本式の婿養子を迎える家が増えています。さすがに王朝時代ではないので現代の婿養子にかつての「贅婿」のような差別はないようです。

だからドラマ「贅婿(ぜいせい)」の寧毅は入婿が屈辱的な立場とは想ってませんし、堂々としているのです。

 

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