ドラマ『帝王の娘スベクヒャン』の主人公スベクヒャンは史実では存在しない架空の王女です。
この記事ではスベクヒャン花や、6世紀の百済と武寧王の時代、ペクカの乱やスパイ伝承など史実の部分と王女・ピムン・手白香皇女との関係といった創作部分を整理しながら、「どこまでが本当でどこからがドラマなのか」をわかりやすく解説します。

この記事でわかること
- スベクヒャンやピムンは歴史書に登場しない架空の設定
- スベクヒャンの花は存在しない
- 武寧王・東城王・聖王・苩加・僧道琳など、ドラマの背景になった百済の史実
- 「守百香」という名に込められた意味や連想の流れ
- 「国を守る王女」という物語上の役割を創作した意図
スベクヒャンという王女は実在しない
スベクヒャン(守百香)という王女は歴史書には登場しません。架空の人物です。
百済についてまとめた朝鮮側の史料や日本側の『日本書紀』などを見ても、「スベクヒャン」という名前の王女や、武寧王の娘は確認できません。
史料から分かるのは、
- 武寧王という王が実在したこと
- その前後の王位継承の流れ(東城王 → 武寧王 → 聖王)
- ペクカ(苩加)が反乱を起こして失敗した。
- 旧都・漢城は高句麗に奪われたので首都は熊津(忠清南道公州市)になっている。
といった「王と事件」のレベルまでです。
スベクヒャンやソルラン・ソルヒ姉妹、王女が諜報組織に属して国のために暗躍した、というような具体的な出来事は記録がありません。
つまり。
スベクヒャン花とは?実在しない架空の花
ドラマの中でスベクヒャンという名前は「百済を守る花=守百香 を意味する」と何度も説明されます。ドラマでは「深香木(シンヒャンモク)」と呼ばれる木に、百年に一度だけ咲く特別な花だとされています。
この花が咲くと
- 戦場の兵士たちは剣をおさめる
- 病人の苦しみがやわらぐ
- 離れた恋人たちの心が再び通じ合う
とされ人々はその花を「守百香(スベクヒャン)」と呼ぶようになった。というのがドラマ内の伝承です。
ただし実際には「スベクヒャン」という花は存在しません。
ドラマ公式の解説でも「百済を守る伝説の花」という設定はフィクションであり、実在の植物ではないとされています。
ドラマの中ではこの花は次のように使われます。
- ユンとチェファが「娘が生まれたらスベクヒャンと名付けよう」と誓い合う象徴
- スベクヒャンが「百済を守る女」として成長していくことを暗示するもの
- 花びらや文様としてヒロインの登場場面を盛り上げるモチーフ
として使われています。公式設定ではスベクヒャンの花の文様は「悟りに至る七つの教え」を象徴する。とも説明されており、名前・花・文様がセットで主人公の役割を表現していることが分かります。
まとめると、「スベクヒャンの花」は架空の花。ヒロインの役割を象徴的に表現したもの。といえそうです。
「実在した人物をモチーフ」と書かれるのはなぜ?
冒頭でスベクヒャンは実在しないとお伝えました。
でも、番組サイトにはこんな紹介が出てきます。
「6世紀の百済を舞台に、第25代武寧王の娘として実在した人物をモチーフに描いた長編時代劇」
これを見ると視聴者は
と受け取る可能性があります。
でも何度も言いますが現存する史料には
「スベクヒャン」という名の王女は登場しません。
武寧王の娘については何も記録がありません。
それなのに番組サイトにはなぜこのような説明があるのでしょうか?
このコピーは史実よりも実話感を盛った宣伝文句と考えた方がいいかもしれません。
- 特定の一人を指しているのか?
- 「当時こういう立場の女性がいたはずだ」という抽象的なイメージなのか?
- あるいは関係のない何かから雰囲気だけ借りているのか?
でもここで韓国のネットで有力な情報を見つけました。
スベクヒャンの元ネタになった人物がいるというのです!
スベクヒャンのモデル候補? 手白香皇女と百済珍説
スベクヒャンの“元ネタ”と考えられるのが日本側の史料に出てくる 手白香皇女(たしらかのひめみこ) です。
『日本書紀』によると
- 仁賢天皇の娘
- 継体天皇の皇后となりのちの欽明天皇の母になる
といった立場の人物。
ここから一部の百済の民間研究者やネット上で、次のような「珍説」が語られるようになりました。
- 当時、ヤマト王権の直系は途絶えつつあった
- 傍系から迎えられた継体天皇を百済の武寧王が支援した
- 武寧王は自分の娘を継体天皇に嫁がせた
- その娘こそが手白香皇女だったのではないか
つまり、
というものです。
もちろん、こうした話は日本側の記録にも韓国側の記録にも何処にも書かれていません。学界で受け入れられている学説でもありません。あくまでも都市伝説レベルの珍説 です。
ただ、この「武寧王の娘=手白香皇女」のアイデアが、
- 武寧王に娘がいた。
- 王女の名前は守百香(スベクヒャン)である。
という名前の発想にそれなりに影響していそうだ、とは考えられます。
その証拠に「手白香」の漢字を現代韓国語読みすると「スベクヒャン」になるのです。
この「スベクヒャン=手白香皇女説」の真相、なぜこのような珍説が生まれるのかについてはこちらで詳しく紹介しています。
→スベクヒャンの正体は実在した日本の皇室のお姫様だった?
「スベクヒャン(守百香)」という名前に込められた意味
スベクヒャンの漢字表記は 「守百香」 です。韓国語読みで「スベクヒャン」です。
この「守百香」は
- 手白香皇女(たしらかひめみこ)の「音」を借りつつ
- そのままの漢字を使うのは問題があるので
-
似た響きの別の漢字をあてた
と考えると、とても分かりやすくなります。
- 「守」=守る、護る
- 「百」=百済の「百」を連想させる
- 「香」=香り・気配・雰囲気
という意味に解釈できます。
-
元ネタは継体天皇の皇后・手白香皇女という日本の皇女
-
そこから音を借りて「スベクヒャン」という響きを作る
-
当て字として「守百香」と書き、「百済を守る女」という物語上の役割を名前に仕込む
こうした連想ゲームでキャラクターが作られていったと考えると、「守百香」という文字と「国を守る女」という設定がつながって見えてきます。
スベクヒャンはなぜ「国を守る女」なのか?
番組の設定ではスベクヒャンは
「百済を守る花という意味」
とされています。
さらに
と紹介されます。もちろん架空の花です。
でも、史実の百済に「国を守る花」と呼ばれた王女がいたわけではありません。
これは歴史上の名前ではなくドラマの設定です。
スベクヒャンは「百済を守る女」の意味を持たされたわけですが。ドラマではその名前を実現するかのような設定が盛り込まれました。
スベクヒャン(ソルラン)は百済の諜報員のいち員となり、国を守るため戦う女となっていくのです。
でもこうした姿は本来なら
-
忠臣ポジションの官僚
-
若い将軍
といった男性キャラが担うことの多い役割です。
『スベクヒャン』はその 「忠臣の役割」 を王女にやらせた物語 と言えます。
王でも将軍でもないが「百済がこうあってほしい」という理想を実現し、ときに自分を犠牲にして国を守ろうとする存在。
そういう役目を背負わされたキャラクターと言えるのではないでしょうか?
スパイ組織「ピムン」は架空。でも諜報戦はある
ピムンは架空の組織
ドラマでスベクヒャンが所属する諜報組織 「ピムン」 も史料には登場しない架空の組織です。
- 国のために動くスパイ組織
- 暗殺潜入・情報収集をこなす影の存在
- 王女がその重要メンバーとして活躍する
という、時代劇的に非常においしい設定ですが「ピムン」という組織は架空の存在です。
ただし「スパイ的な動き」そのものは史実にもあります。中国の春秋戦国時代の兵法書にも間者の必要性は書かれています。朝鮮半島でも間者が活動した記録があります。
たとえば『三国史記』には、
という間者のエピソードが登場します。
つまり
-
「ピムン」という組織は架空
-
でも「諜報活動が国の命運を左右する」というイメージは、当時の東アジアにはあった。
と考えるといいでしょう。
史実のスパイ・道琳がもとなったトリム
ドラマに登場するトリムは、ピムンの女教官でソルランの師匠という設定です。
このキャラクターには史実の元ネタがあります。
先程紹介した高句麗の僧・道琳(トリム)です。
史書『三国史記』によると高句麗の僧・道琳が百済に潜入。蓋鹵王の信頼を得て、土木工事を行わせて国力を疲弊させ。道琳はその情報を長寿王に伝えました。
長寿王はその情報を得て百済攻撃を決定。旧都・漢城陥落の一因になったという記録が残っています。
『帝王の娘スベクヒャン』では「道琳」のスパイとしての役割を借りつつ、性別を女性に変え、元尼僧で高句麗の密偵だった過去を持つピムン教官として脚色しています。
史実のスパイ活動をうまくドラマに取り入れたと言えるでしょう。
舞台になった百済と武寧王:どこまで史実?
武寧王は実在の百済王
ドラマの舞台となるのは6世紀の百済。
ドラマに登場する 武寧王(ムリョンワン/第25代王) は、もちろん史実の人物です。
史書『三国史記』によると、
- 先代の東城王が苩加に殺害されたので熊津で即位
- 即位後に苩加を討った
- 高句麗と戦い撃退したことがある
- 聖王が跡を継ぎ、その後の安定期につながった
といったことが伝えられています。
また、武寧王の墓(武寧王陵)から出土した墓誌には
- 生年・没年
- 父の代からの経歴
- 日本(倭)との関係をうかがわせる記述
なども刻まれており「実在した百済の王」であることは考古学的にも裏づけられています。
武寧王の詳しい説明はこちらをご覧ください。
→ 武寧王・日本と縁の深い百済王の生涯と系図
ドラマの百済は盛り気味
ドラマで描かれる百済の宮殿は豪華で、国がとても栄えているように見えますよね。
ドラマの百済は
- 広く整った都
- 豪華な衣装と内装
- とても余裕のある王宮
- 強国らしい安定感
といった雰囲気で描かれます。
ところが
というのも475年に高句麗の長寿王に攻められ。百済は一度滅亡しかかっているのです。何が起きたかと言うと。
- 旧都・漢城(ソウル近辺)を高句麗に奪わた
- 蓋鹵王や王族の多くが殺された
- たまたま不在だった王子(文周王)が都を熊津にして王朝を再会。
- 武寧王が即位したのは502年。
- ドラマの時代は旧都を失ったあと再建中
- 北には高句麗、東には勢いを増す新羅、西には中国南朝という板挟み
つまり、実際の百済は
「余裕たっぷりの花の都」というより、
「強敵に囲まれた再建途中の国として必死に頑張っている王朝」
というイメージに近いと言えます。
ドラマは、おそらく後の武王がいた扶余=泗沘時代のイメージも前倒しで混ぜている。王女の物語が映える華やかな宮廷や、視覚的に「格」のある王朝として描いているのだと思います。
ペクカの反乱は史実にもあった
『帝王の娘スベクヒャン』で重要な役割を果たす ペクカ(苩加) も史書『三国史記』に登場する人物です。
『三国史記』に描かれた苩加の反乱
史実の流れを簡単にまとめると、
- 百済の有力豪族・苩加が東城王に反乱を起こして殺害
- そのあと武寧王が即位して反乱を鎮圧
- 苩加は処刑される
という流れになっています。
ドラマのペクカの反乱と人間関係
ドラマでは次のような流れになってます。
- スベクヒャンの母はペクカの娘チェファ、父は王族ユン(後の武寧王)
- ペクカの反乱が東城王の死につながる
- 激怒したユンがペクカを自害に追い込む
- チェファとユンは離れ離れ
- ユン(武寧王)が即位
- チェファは娘(ソルラン/スベクヒャン)を出産
と史実の「反乱」をもとに人物像や背景を大きく脚色しています。
そのおかげで母とスベクヒャンは都にいられなくなってしまう。という流れになっています。この設定がなければスベクヒャンの苦労もないわけですから。
苩加(ペクカ)が反乱を起こした理由
ドラマの始まりはペクカが反乱を起こしたことで動き出します。
ドラマのペクカは東城王がいなくなればユンが即位して娘が王妃になれる。と思ったようですが。
史実ではなぜ苩加が反乱を起こしたのかは不明です。
それに加えて注目されるのが、この時期の百済王は地元の豪族勢力に支えられた存在だということです。
本拠地を失った王家は熊津の豪族の力を借りて復興中なので、地元勢力を怒らせると何が起きるかわからないのです。
ドラマでは東城王の横暴ぶりが描かれず、ペクカが悪いみたいな描かれ方ですが。
史実の苩加にだって言い分はあったでしょう。
実在した人物・架空人物の紹介
実在が確認できる主な人物・出来事
-
武寧王(ムリョンワン)
…第25代百済王。国力を立て直した名君とされる。
詳しい説明は武寧王・日本と縁の深い百済王の生涯と系図をご覧ください。 -
東城王
…武寧王の先代。豪族・苩加の反乱で殺害されたと伝えられる。
詳しい説明は東城王は百済を立て直し晩年は堕落したをご覧ください。 -
聖王(ミョンノン)
…武寧王の息子で第26代王。父の政策を継いで百済の安定を進めた。
詳しい説明は聖王:日本に仏教を伝え・新羅に討ち取られた国王とはをご覧ください。 -
ペクカ(苩加)
…東城王を殺害し、のちに武寧王に討たれた豪族。
詳しい説明は苩加(ペクカ) 東城王を殺害した百済の豪族をご覧ください。 -
高句麗の間者・道琳(トリム)
…百済に潜入し、旧都陥落の一因を作った僧。
ドラマの創作・脚色が大きい部分
-
スベクヒャン(守百香)本人
-
ソルラン/ソルヒ姉妹の物語
-
王女が諜報組織ピムンの一員となる展開
-
ピムンという組織名と構造
-
宮廷の華やかさ、百済の「大国感」の演出
-
手白香皇女とスベクヒャンの結びつけ
(元ネタとされる珍説はあるが、史実ではない)
まとめ
『帝王の娘スベクヒャン』は武寧王やペクカの反乱といった基本的な部分には史実ネタを使っていますが。王女・スベクヒャンは架空の存在。
でも名前の「守百香」や「国を守る女」という設定は百済を守ろうとする女性キャラを作ろうとした制作側の意図が感じられます。
ほとんど創作のドラマですが、
「旧都を失った百済が必死に再建していた時代に、
もし“国を守ろうとする王女”がいたとしたら?」
という “もしも”の物語 として見ると楽しめると思います。
ドラマのあとに史実の百済や武寧王、手白香皇女を調べてみると、
物語の背景がまた面白く感じられると思います。


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