ホンギルドン(洪吉童)は韓国ドラマにも登場する有名な義賊です。貧しい人々を助け、悪と戦うヒーローとして知られています。でもそれは実話でしょうか?ホンギルドンは実在したのでしょうか?
実は義賊のホンギルドンは作り話。朝鮮時代に実在した「洪吉同」という人物をモデルにしたといわれます。でも実在した洪吉同は、物語のホンギルドンとはかなり違う人物でした。
この記事では歴史書に残る実在の洪吉同と、物語のホンギルドンとの違いを分かりやすく解説します。
ホンギルドン伝説の実話を知って、さらにドラマを楽しんでいきましょう。
ホンギルドンは実在した、ドラマと違う史実の姿
ホンギルドンは実在したがイメージは違う
ホン・ギルドン(洪吉童)は小説「洪吉童伝」の登場人物。そのモデルになったと思われるのは実在した盗賊の洪吉同(ホン・ギルドン)でした。朝鮮時代の記録「朝鮮王朝実録」に登場します。
でも物語の洪吉童(ホン・ギルドン)と史実の洪吉同(ホン・ギルドン)はかなり違います。彼は大規模な強盗団の頭目でした。
朝鮮王朝実録に見る洪吉同(ホン・ギルドン)の実話
ホンギルドンは1500年(燕山君6年)に逮捕された強盗です。彼の逮捕は当時の高官たちが喜ぶほど大きな事件でした。その喜びは、以下のように記録されています。
領議政韓致亨、左議政成俊、右議政李克均啓:「聞,捕得强盜洪吉同,不勝欣抃。爲民除害,莫大於此。請於此時窮捕其黨。」從之。
出典:「朝鮮王朝實錄 燕山君日記 六年」
1500年(燕山君6年)10月22日。領議政 韓致亨(ハン・チヒョン)・左議政 成俊(ソン・ジュン)・右議政 李克均(イ・グクキュン)が「聞くところによると強盗 洪吉同を捕らえたとのこと喜びを禁じ得ません。民のために害悪を取り除くこと、これより大きなことはありませんので、この機会にその一党を全て捕らえるようお願いいたします。」と奏上。それが採用されました。
とあります。これが洪吉同が登場する最初の記録です。燕山君6年に強盗の洪吉同が逮捕された事がわかります。
この記録から洪吉同が王や朝廷の重臣が関心を持つほど大きな盗賊集団を率いていたことがわかります。彼らの活動地域は、主に現在の忠清道忠州(チュンジュ)のあたりでした。
また白昼堂々と武器を持って役所に出入りし好き放題に振る舞うほど組織的で、かなりの影響力を持っていました。
ホンギルドンと権力者の繋がり 意外な協力者とは?
実在のホンギルドンには高位の役人との繋がりがありました。彼らはただの盗賊ではなかったのです。
高位の役人 厳貴孫との関係
ホンギルドンの協力者の中には、厳貴孫(オム・グィソン)という高位の役人がいました。次の記録にも残っています。
戊寅,傳曰:「觀洪吉同招辭,嚴貴孫非徒吉同窩主,乃是同黨。有如是之行,何以位至堂上乎?其召政丞等示之。」領議政韓致亨、左議政成俊、右議政李克均啓:「嚴貴孫爲堂上者,緣有軍功,非以操行也。然以朝官,其行如是,臣等不勝慙赧。」
出典:「朝鮮王朝實錄 燕山君日記 六年」
1500年(燕山君6年)11月28日。王が「洪吉同の供述を見ると厳貴孫は協力者であるだけでなく、仲間でもあったようだ。このような行いをする者が、どうして堂上官の地位にまで上り詰めることができたのだ?政丞たちを集めこの件を説明するように」と伝えさせました。
これに対し領議政の韓致亨らが「厳貴孫が堂上官になったのは軍功があったからであり、日ごろの行いが優れていたからではありません。しかし朝廷の官僚でありながら、このような行いをしたことに我々は恥ずかしく思います」と説明しました。
とあり。高位の役人 厳貴孫(オム・グィソン)が彼らに協力していたことがわかります。
彼は洪吉同から食べ物をもらったり、家を購入してもらって店を経営していたりしていました。洪吉同が役人と偽って人々から金品を取り、得た収入の一部を役人に渡していたようです。
白昼堂々と振る舞った洪吉同の実像
洪吉同は、こそこそ隠れて活動盗賊ではありませんでした。昼間に堂々と活動し、周囲の人々も通報しませんでした。
己酉、義禁府委官韓致亨啓:「強盜洪吉同頂玉帶紅,稱僉知,白晝成群,載持甲兵,出入官府,恣行無忌。其勸農、里正,留鄕所品官,豈不知之?然不捕告,不可不懲,竝徙邊何如?」傳曰:「知道。」
出典:「朝鮮王朝實錄 燕山君日記 六年」
日本語訳:
1500年(燕山君6年)12月29日。義禁府の韓致亨(ハン・チヒョン)が上申しました。「強盗の洪吉同(ホン・ギルトン)は玉帯紅を身につけ、僉知(チョムジ)と称して白昼堂々と徒党を組み、武器を携えて役所に出入りし好き放題に振る舞っています。
その地域の役人や村長、留郷所(自治組織)の者たちが彼らのことを知らないはずがありません。
それにもかかわらず、捕らえたり告発したりしなかったのは罰するべきです。全員を辺境へ移送(流刑)するのはいかがでしょうか。」
これに対し王は「承知した」と伝えました。
この記録から、洪吉同とその強盗団が、以下のような特徴を持っていたことがわかります。
- 活動地域: 主に忠清道忠州(チュンジュ)のあたりで活動していました。
- 権威者を勝手に名乗る: 洪吉同は「僉知(チョムジ)」という正三品の高位の役人を名乗りました。見た目も高貴な人物のように振る舞い、その権威を利用して好き放題に活動していました。
- 組織的な行動: 白昼堂々と集団で武器を持って役所に出入りしていました。かなりの影響力を持つ組織であったことがうかがえます。
- 地域社会への影響力: 地域の役人や村長、自治組織の者たちは、洪吉同たちの行動を知っていても捕らえたり告発したりしませんでした。彼らが地域の人々から支持を得ていたのか、それとも脅されていたのかは不明です。
ホンギルドンの逮捕とその後
ホンギルドンの逮捕は朝鮮王朝の記録に残っています。彼の罪状は「降霜罪(カンサンジェ)」でした。
降霜罪とは詐欺罪のこと
降霜罪は「真夏に霜を降らせるようなありもしないことを言うこと」を意味します。つまりホンギルドンは詐欺罪で逮捕されました。
- 処刑の記録はなし: ホンギルドンが処刑されたという記録は残っていません。当時の王である燕山君(ヨンサングン)はクーデターで失脚しました。そのため、この時代の資料の一部が失われた可能性があります。獄中で口裏を合わせたか、協力して脱獄した可能性も考えられます。
- 後の時代への影響: ホンギルドン事件はその後も朝廷に影響を与えました。1513年(中宗8年)には、戸曹が「忠清道は洪吉同が盗賊行為をして以来、流亡(民が土地を離れ逃げること)が回復せず長らく測量を行っていないため、税を徴収することが困難です」と意見しています。洪吉同の活動で忠清道の地方が荒れ果て、地域の復興が進まなかったことがわかります。
通説のホンギルドン
朝鮮王朝実録とは別に様々な伝承があります。それらの伝承では正史ではわからない細かな情報もあります。
- 生年:1443年頃
- 出身地:全羅道長城県阿次谷
- 父:全羅道の役人、洪尚直(ホン・サンジク)
- 母:妾の玉英香(オク・ヨンヒャン)。
- 異母兄弟:貴童(グィドン)、逸童(イルドン)
洪尚直は両班(ヤンバン)でしたが、母が妓生(賤民)だったのでギルドン自身は両班にはなれなかったというのです。
生きた年代が合わない
でもこの生年には疑問があります。朝鮮王朝実録によると父とされる洪尚直は1424年に亡くなっています。しかし通説ではホンギルドンが生まれたのは1443年といわれています。これでは辻褄が合いません。
兄弟と漢字が違う
さらにホンギルドンには洪貴童(ホン・グィドン)、洪逸童(ホン・イルドン)という異母兄弟がいたことになっています。当時の習慣では兄弟は同じ漢字を使うのが一般的。でも吉同(ギルドン)だけ漢字が違います。
このような矛盾から「洪尚直の息子ではない」「洪尚直の死亡年代が間違っている」など、さまざまな説が出ています。韓国の歴史学会でも、まだ意見はまとまっていません。
史実より有名な 洪吉童伝(ホンギルトンジョン)
私たちがよく知る義賊のホンギルドンは、史実ではなく小説「洪吉童伝」の登場人物です。
許筠説は賛否あり
『洪吉童伝』は、19世紀に広く読まれたハングルの小説です。作者は長らく許筠(ホ・ギュン)とされてきましたが、これには諸説あります。
というのも許筠が生きた時代にはまだハングルの小説は確立していませんし、許筠の時代にはない言葉が使われていたりするからです。
漢字や時代設定が史実と違う
この物語の主人公は、義賊の洪吉童(ホン・ギルトン)です。実在の洪吉同(ホン・ギルトン)は燕山君(ヨンサングン)時代の人物ですが、小説の舞台はそれより前の世宗(セジョン)の時代に設定されています。
物語の内容を分かりやすく解説
物語は朝鮮王朝世宗の時代に始まります。左議政 洪尚直(ホン・サンジク)の庶子として生まれた洪吉童は、武芸と礼儀を完璧に身につけています。
でも庶子という低い身分のために、その優れた才能を世で発揮できないことに深く嘆き悲しみます。
ある日、吉童は父の別の妾が差し向けた刺客に命を狙われます。間一髪で危機を逃れた吉童は、家を離れる決意をしました。
彼は盗賊たちの隠れ家へとたどり着き、そこで才能を認められ、一躍頭目となります。吉童が率いる一党は「活貧党(ファルビンダン)」と名乗り、世にはびこる不正な官僚や堕落した僧侶たちを懲らしめ、その名は瞬く間に全国へと広まっていきました。
朝廷は洪吉童を捕らえるため、大軍を動員しますが吉童の持つ神秘的な能力の前には手も足も出ません。最終的に国は洪吉童の神業に降参。彼の父親である洪大監(ホンデガム、洪尚直のこと)を懐柔して、吉童を兵曹判書(ピョンジョパンソ、国防大臣にあたる役職)に任命し、朝廷へと召し出すことにします。
しかし、王の前に現れた吉童は兵曹判書を辞退。自身の一党を引き連れて国を去ることを告げると、空中に舞い上がって忽然と姿を消してしまいます。
その後、吉童は母親と部下たちを率いて律島国(ユルドグク)という新しい国へ渡り、そこで理想の国を建国しました。
物語と史実の大きな隔たり
物語と実在の洪吉同とは多くの点で違います。
史実の洪吉同の素性は不明。小説のホンギルドンは身分制度に苦しむ庶子(しょし)として描かれ。民を救うために立ち上がり義賊として活躍します。
小説のホンギルドンは「洪吉童」、実在のホンギルドンは「洪吉同」と漢字が違います。韓国では発音がどちらも「ホン・ギルドン」と同じため、漢字を使わない韓国では区別が難しくなっています。
現在では、実在の洪吉同も架空の洪吉童のような人物としてイメージが混ざってしまっています。
まとめ
ホンギルドンは実在する人物でした。朝鮮王朝時代の「洪吉同」という名の強盗がモデルです。でも彼は決して民を助ける義賊ではありませんでした。
でもなぜ彼の物語が義賊として語り継がれるようになったのでしょうか。ホン・ギルドンという朝廷を騒がせた盗賊に、様々な人物のイメージが重なり。当時の厳しい身分制度や腐敗した社会に対する人々の不満が、ホンギルドンという英雄像を生み出したのかもしれません。
現代のドラマはその物語を更に脚色しています。歴史を知ると、ドラマがもっと面白くなりますね。
テレビドラマ
ホン・ギルドン SBS 1998年 演:キム・ソックン
快刀ホン・ギルドン KBS、2008年 演:カン・ジファン
逆賊:民の英雄 MBC、2017年 演:ユン・ギュンサン
コメント