于勒(ウルク)・ファランに登場するソヌの養父は実在の人物?

3.3 新羅

韓国ドラマ・花郎(ファラン)に登場する于勒(ウルク)は実在の人物。
ドラマでは主人公キム・ソヌ/ムミョンの養父となって育てた人物として登場。

歴史上のウルクは大伽倻国出身の音楽家で、伽倻琴と作り演奏法を新羅に伝えた人物といわれます。

史実のウルクどんな人物だったのか紹介します。

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ウルクの史実

いつの時代の人?

生年月日:不明
没年月日:不明

名前:于勒(ウルク)

彼が生きたのは新羅の主に24代真興王の時代です。

日本では古墳時代になります。

おいたち

産まれた年はわかっていません。

朝鮮の歴史所「三国史記」にはウルクは新繁県(忠清北道堤川市)の人とだけ書かれています。

大伽耶国の嘉悉王(かしつおう)の命令をうけ中国の楽器・箏を模倣して楽器をつくりました。それが伽倻琴といわれます。

新羅と伽耶諸国の戦争が始まると、荒廃した伽倻から逃げて尼文(ニムン)を連れて新羅に亡命しました

真興王が即位した551年3月。河臨宮に来た真興王の前で伽倻琴を演奏しました。

真興王はウルクを國原に任命し。ウルクに3人の新羅人の弟子をつけて演奏や歌、踊りを学ばせました。しかしウルクが伝授したのは12曲でしたが、新羅人の弟子たちは淫らな内容だというので5曲に減らしてしまいました。ウルクは怒りました。しかし新羅人の弟子たちは音楽を聞いてみると「悲しく切ない曲だ」と感じて曲を認めました。

一方、新羅の家臣たちは真興王に「滅んだ国の音楽を認める必要はない」と反対しました。しかし真興王は「王の行いが悪いから滅んだのであって、音楽に何の罪があるというのだ。聖人が作った音楽は人の感情に訴えるものがある。国がよく治まっていれば音楽とは何の関係もないのだ」と家臣たちに言いました。

最終的にはウルクが伝えた音楽は新羅の宮中音楽として採用されました。

ウルクの記録は少なく死亡した年も分かっていません。

朝鮮半島の各地にはいくつか「ウルクゆかりの地」とされている場所があります。

ウルク生誕地は三国史記に「省熱県人于勒」とだけ書かれています。「省熱県」は現在の韓国の忠清北道堤川市のことだといわれています。しかし他にもウルク生誕の地とされているところはいくつもあります。その殆どは「省熱」に発音が似ている、琴にちなんだ地名になっているというだけでウルク生誕地を主張しているものが多いようです。

テレビドラマ

花郎 KBS 2016年 演:キム・ウォンテ

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