真智王 はわずか在位4年で廃された新羅の王

3 新羅

真智王(しんちおう)は新羅の第25代国王。

在位期間が4年しかなく、あまり記録がないので詳しいことはよく分かっていません。

ドラマ「善徳女王」ではイム・ホが演じて情けない王として描かれました。

ドラマでは美室(ミシル)にそそのかして王位を狙い。王になります。ところが美室(ミシル)を王妃にする約束を守らなかったので殺害されてしまいます。

歴史上も、即位して4年目に「死亡した」とか「廃位された」と書かれています。何か問題があって死亡したか廃位されたようです。

史実の真智王(しんちおう)はどんな人物だったのか紹介します。

真智王の史実

いつの時代の人?

生年月日:不明
没年月日: 579年

姓:金
名前:舍輪または金輪

父:真興王
母:思道夫人

妻:知道夫人

新羅の25代国王。真興王の次、真平王の前の王です。

日本では飛鳥時代になります。

おいたち

生年はわかりません。
真興王の次男として生まれました。

母は朴英失の娘の思道夫人。

妻は朴氏の知道夫人

真興王には長男の銅輪がいましたが若くして死亡していました。

576年。真興王が死亡した時、舍輪が王位を継ぎました。

即位してすぐに伊飡(2等官)の居柒夫を最上位の上大等に任命。政治を任せました。

577年10月。百済に攻め込まれましたが、伊飡・世宗(セジョン)を派遣。一善郡のあたりで迎え撃ち勝利します。内利西城を築いて守りを固めました。

ところが、578年7月。百済に閼也山城(全羅北道益山市)を譲渡しました。

この年。南朝の陳に朝貢し貢物を送り外交関係を続けました。

「三国史記」によれば579年7月17日死去。永敬寺に葬られました。在位期間はわずか4年でした。

廃位された?

「三国遺事」によれば即位して4年目には国内が乱れ、国人に廃されたとあります。

またはいいになる前には真智王は桃花女を側室にしようとしましたが、桃花女には夫がいるという理由で断られました。

「三国史記」は高麗時代に書かれた歴史書。元新羅人の儒学者が書いています。

「三国遺事」は「三国史記」の後に書かれた説話集です。こちらは僧侶が書いています。

「三国史記」は新羅をよくみせようと脚色されています。本当は廃位されたのを死亡にしたのかもしれません。

また。偽書とされている「花郎世紀」では美室(ミシル)を王后にするという約束を守らなかったこと、政治をまともにしなかったという理由で美室と思悼太后が決断して廃位させたとかかれています。

もちろん作り話ですが。こちらの物語がドラマ「善徳女王」のシナリオに採用されているようです。

ミシルは架空の人物ですが、王室内で問題があったのかもしれません。

真智王の晩年は記録が少なく、実際に何があったのかよくわかりません。

国内で内輪もめがあり廃位されたというのは十分考えられます。

テレビドラマ

善徳女王 MBC 2009年 演:イム・ホ
大王の夢 KBS 2012年 演:

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