韓国時代劇「仮面の王イソン」には辺首会(ピョンス会)という組織が登場します。
王や重臣を影で操る秘密結社という設定です。ドラマに出てきそうないかにも怪しい組織ですね。
ところが、辺首会という名の組織は実在しました。でも秘密結社ではありません。水を売っていた民間団体なんです。
ドラマと実在の辺首会について紹介します。
「仮面の王イソン」の辺首会(ピョンス会)
ドラマの辺首会(ピョンス会)は影で朝鮮王朝を操る秘密結社。辺首会の首領がテモク(大木)。
先々代の王までは王の忠実な手先として働いていました。しかしテモク(大木)の父は最後は王に利用され命を落とします。
テモクは王に操られる存在ではなく、朝廷を操る存在になろうと決意。復讐を誓い朝鮮を影で操る組織になったという設定です。
毒を使い人を殺めたり操ったりします。王や重臣たちも操る強力な組織です。
世子の命と引き換えに揚水庁という水を管理する部署を手に入れます。
実在の辺首会
実際の朝鮮では1700年代に辺首会という組織が存在しました。
でも秘密結社ではありません。
朝廷を操った怪しい組織でもありません。
水を売る団体です。朝鮮八道の水の利権を持ち大きな富と権力を持っていたといいます。水を管理して売る民間の組織なんです。
李氏朝鮮の水事情
基本は井戸を掘る
朝鮮王朝時代には王宮には井戸があったので井戸から汲み上げていました。もともと水のよく出るところに王宮を建てていたようです。
庶民は村に井戸を掘って水を手に入れていました。朝鮮には滑車がありません。だから、紐のついた瓶を井戸におろして水を汲んでいました。ドラマでは滑車を使って井戸から水を汲み上げていますが事実とは違います。少なくとも18世紀、英祖の時代には滑車はありませんでした。
しかし井戸は浅いものが多く、干ばつが続くと井戸の水が干上がってしまいました。井戸が枯れると、まだ水の出る井戸を探すか河から運んでこなければいけません。
都市では水売りという商売が出現
干ばつでなくても人が多くなれば井戸の水では足らなくなります。そこで漢城などの都市部には水を売る商売ができました。
水を売る仕事は「水売り」といいます。
水売りは天秤棒に水瓶を引掛かけて売り歩いたといわれます。
水売りは重労働!
水は水瓶に入れて運びます。水瓶は焼き物ですからかなり重たいです。「水売り」はかなりの重労働なんですね。
「水瓶が思いなら木桶に入れればいいのに」って思いますよね。事実、江戸時代の人々は水や魚などは木桶に入れて運んでいました。でも李氏朝鮮には木桶はありません。木で水漏れのしない入れ物を作るのは意外と難しいです。
とくに木材を隙間なく円形に組み立てるのはかなり高い技術が必要です。木桶は日本の職人だからできる技で意外と世界的には珍しい入れ物なんです。
だから朝鮮の町には木桶はありません。重たい水瓶に入れて運ぶしかなかったのです。だから水売りはかなりの肉体労働です。朝鮮では肉体労働は卑しい身分の職業です。
つまり水売りしている人は低い身分の人たちです。
仮面の王イソンで王族ではないもうひとりのイソン(異線)が登場します。イソンは水売りという設定ですね。
つまり、韓国でドラマを見ている人なら「イソンは低い身分の人」と説明しなくても分かるのです。
そんな低い身分の人が王になり代わるのが痛快!
と朝鮮社会の仕組みを知っているとそんな楽しみ方ができるのです。
水ビジネスは利権のカタマリ
水売りの制度はやがて拡大します。10~20戸の家に水を運んで商売する「水都家」という団体も出来ました。個人ではなく水売り団体ができるほど需要があったのですね。
水を売るために「水座」という権利が必要でした。水座の権利は、販売できる範囲が決まっています。権利がないのに水を売ったら違法行為になります。水座の権利は売買できました。
権利があるということは誰かが管理をしているということです。水売りの権利を管理しているのが揚水庁という組織。
史実では水売りは英祖・正祖の時代に普及しました。つまり「仮面の王イソン」の時代設定1700年代とぴったり一致します。
辺首会は水売りの権利を持つ大きな組織でした。最盛期には朝鮮八道(つまり朝鮮すべての地域)で水売りの権利を持っていたといいます。
水を売るには権利が必要です。権利を買い占めて水を独占する団体が出てきても不思議ではありません。
人は水がなくては生きていけませんから、水の販売権を持つのは大きな力ですね。
金(カネ)さえあれば何でもできる?!
辺首会は独占販売なのでかなりの財を蓄えていたはずです。
水に限らず朝鮮の商売は許可制でした。商人は国に税を払うかわりに独占的に商売できます。
事実、暴利を貪る商人や役人と癒着する商人がいました。「客主」や「オクニョ」で描かれる大商人がそうです。「テバク」でも商売の権利をめぐって争いになってましたね。
身分はカネで手に入る
朝鮮では金さえあれば役人を動かせます。地位だって買うことができます。両班たちは商人を卑しい職業の者たちと差別して軽蔑しています。でも、実は金の力には弱いのです。
だから「客主」や「朝鮮ガンマン」の時代になると、金で両班の地位を買った形だけの両班が登場します。「地位」や「官職」が金で売り買いされる時代がもうすぐそこまでやってきてるのです。
ソン・デフン(成垈勳)氏の著作によると、18世紀終わりごろの正祖の時代には両班が人口の37%。19世紀中頃の哲宗の時代にはなんと70%になったといいます。もちろんカネで身分を買った形だけの両班がほとんどです。税を納めない人がこんなにいたら国が破綻するの当たり前です。
ちなみに日本では江戸時代の武士は全人口の10%程度。
朝鮮の庶民がどれだけ負担が大きかったかがわかります。
政治とカネは切っても切れない関係なのですね。
金持ちは軽蔑されながらもそれなりに力を持っていました。韓国時代劇で賄賂が多いのはドラマの演出ではなく、実際に多かったからなんですね。
その辺首会が朝廷まで動かすほどの力を持っていたら・・・というのが「仮面の王イ・ソン」です。
ドラマの秘密結社はカネで地位を築いた特権階級を表現しているのかもしれません。
そんな事情を知っていると「イ・ソン&イソン頑張れ」と応援したくなりますね。
参考文献:
水野俊平,”庶民たちの朝鮮王朝”,角川選書
ソン・デフン(成垈勳),”韓国人も知らない朝鮮王朝史”,新星出版社
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