長安賢后伝:蘇玉盈は実在する?モデルになった敬孝忠恭元妃とは?

長安賢后伝2 ドラマ人物

蘇玉盈(そ・ぎょくえい)は中国ドラマ「長安賢后伝」の登場人物。

ヒロインの賀蘭茗玉のライバルで。蕭承煦の正室になります。

蘇玉盈(そ・ぎょくえい)にはモデルになった人物がいます。

清朝の摂政王ドルゴンの正室 敬孝忠恭元妃 ボルジギト氏です。

名前はバドマと言われます。

清朝の人物がモデルになってるのは「長安賢后伝」が「孝荘秘史」のリメイク作品だから。「孝荘秘史」は後金から清朝の時代が舞台でした。「長安賢后伝」は設定を唐の雰囲気がする中華王朝に置き換えたドラマです。

蘇玉盈のモデルになった敬孝忠恭元妃とはどのような人物だったのか紹介します。

 

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ドラマ「長安賢后伝」の蘇玉盈(そ・ぎょくえい)とは

演:黄羿(ホアン・イー)

盛州郡主→燕王妃→摂政王妃

蕭承煦を一方的に好きになってなんとか結婚しようとします。 叔母の恵妃に取り入って蕭承睿に話をしてもらい。蕭承煦の妻になることに成功。

性格的にはあまり良くなく。蕭承煦から好かれている賀蘭茗玉に嫉妬して嫌がらせする役。

 

蘇玉盈(そ・ぎょくえい)のモデル敬孝忠恭元妃バドマとは?

ブムブタイやジェジェルと同じモンゴルのボルジギト家出身

ドラマ「長安賢后伝」の蕭承煦はドルゴンがモデルです。

ということは蘇玉盈はドルゴンの正室がモデルになりますね。

ドルゴンには何人かの福普(正室)がいます。

その中で最も地位が高かったのが死後「敬孝忠恭元妃」の称号が与えられた嫡福普ボルジギト氏。名前は「バドマ(巴特瑪)」

バドマはモンゴル・ホルチン部出身。

「バドマ」はモンゴル語で「蓮の花」の意味。当時のモンゴル人は仏教を信じていたのでその影響があるようです。

バドマはホンタイジの正室ジェルジェルとは異父同母姉妹。

母の名前は不明なので通称 ホルチン大妃と呼ばれています。ホルチン大妃は最初、ホルチンの首領マングス(莽古斯)と結婚。マングスとホルチン大妃の間に生まれたのがジェルジェル。

その後、マングスは死亡。ホルチン大妃はマングスの孫ソナム(索納穆)と再婚。ソナムとホルチン大妃の間に生まれたのがバドマです。

モンゴル・ホルチン部と後金との同盟で何組もの政略結婚が成立。ドルゴンとバドマの結婚もホルチン部と後金の政略結婚のひとつでした。

バドマがドルゴンの正妻になる

後金でホンタイジの即位後。

1633年。ドルゴンの弟ドドがマングスとホルチン大妃の娘ダジェ(達哲)と結婚。

1633年。ドルゴンがバドマと結婚しました。

ドルゴンにはすでに12歳(1624年)のときに婚約した福普ボルジギト氏がいました。家は違いますがバドマと同じモンゴル・ホルチン部のボルジギト一族の娘です。福普ボルジギト氏の記録は全くありません。ドルゴンがバドマと結婚したときには既にいなかったのかもしれません。

最初の妻の死後、ドルゴンとホルチン部との間に政略結婚がおこなわれ、それでドルゴンのもとに来たのがバドマだったのでしょう。

バドマは嫡福普になりました。

死後、敬孝忠恭元妃 の称号がつく

順治6年(1649)。嫡福普バドマが死亡。ドルゴンはバドマに「敬孝忠恭元妃」の称号を与えました。

ドルゴンの死後。ドルゴンが嫌いな順治帝によって「敬孝忠恭元妃」の称号が剥奪されましたが。乾隆帝の時代になって復活しました。

ドルゴンの私生活関係の資料は少ないので、ドルゴンとバドマの仲がよかったのか悪かったのか。バドマがどのようなことをしていたのかのかはわかりません。

でもドルゴンはバドマの死後「敬孝忠恭元妃」の称号を与えました。他の妻にはそのような称号は与えていません。特別な思い入れがあったのでしょう。

敬孝忠恭元妃の記録は少ないのですが。妄想の好きな中国人は様々な伝説を作りました。ドラマの元ネタになっているのは記録上のドルゴンの妻よりも、作られたドルゴンの妻の方です。

 

野史に登場するドルゴンの妻「小玉児」

歴史上のドルゴンの妻の名は「バドマ」です。でも野史では「小玉児」になってます。

「野史」とは歴史書には載っていないけれど。民間に出回っている物語や個人が書いた書物に載ってる歴史風の読み物のことです。作り話です。

中国や朝鮮は野史が多く、一般人が信じている歴史は実は作り話だった。というのはよくあります。野史はたいていは相手を陥れるために流すニセ情報・流言なことが多いです。

それだけに人々が聞いて「興味がある」「面白い」と思う内容になってます。

「退屈な史実」よりも「面白おかしい物語」が好まれるのです。

中華民国以降の小説やドラマではバドマの名前は「小玉児」とされ。しかも孝庄文皇后ブムブタイ(賀蘭茗玉)の妹にされていることが多いです。

というのもなぜか中国ではブムブタイの名前が「大玉児」になっているから。これも野史の影響です。「大玉児」の妹だから「小玉児」。すごく単純。

北京に来る前の満洲人やモンゴル人は漢民族風の名前はつけません。彼らは漢字は使いませんから。「小◯児」という、いかにも中華系らしい名前を付けることはありません。名前だけをみても中国人の作り話だとわかります。

しかもブムブタイとバドマは姉妹ではありません。

実際にはホンタイジの妻ジェルジェルと元妃バドマは異父同母姉妹。
ジェルジェルとブムブタイは同父異母姉妹。
ブムブタイの父ジャイサンはバドマの祖父。

遊牧民の結婚の習慣のおかげで複雑な人間関係になっていましたが、整理するとブムブタイとバドマは叔母と姪の関係です。

叔母と姪の関係がいつの間にか姉と妹になりました。叔母と姪といっても実際の年齢差は10歳くらい。叔母と姪では物語のライバル関係が描きにくいので姉と妹にしているのでしょう。

ドルゴンと小玉児は仲が悪い(設定)

小玉児が史実のバドマと違うのは名前だけではありません。ドルゴンと小玉児は仲が悪いことになっているのです。

歴史上のドルゴンとバドマの仲が悪いとはどこにも記録がありません。

でも野史では仲が悪いことになってます。

野史ではドルゴンと大玉児(ブムブタイ=ホンタイジの側室)が再婚したことになってるので。結果的に小玉児が悪者にされていですね。後の時代の人々が勝ってに作ったイメージなのです。

「長安賢后伝」の元になった「孝荘秘史」ではドルゴンの妻の名は「小玉児」になっていてやっぱり大玉児(ブムブタイ)の妹です。

「長安賢后伝」では蘇玉盈(小玉児=バドマ)と賀蘭茗玉(大玉児=ブムブタイ)は姉妹ではありませんし、一族も出身国も違います。

姉妹で争う相手は賀蘭綰音がいるので変えてあるのでしょうね。

 

 

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