唐朝時代の女官の制度

e ドラマが分かる歴史の知識

後宮ドラマには宮中に様々な女官たちがいて大勢の人が働いています。

宮中の女官にも組織があって様々部署で働いてます。

唐時代の制度が後の中華王朝の元になっている部分が多いからです。それだけでなく朝鮮や他の国の制度の元にもなっています。

唐朝時代の後宮は隋朝時代を引き継ぎさらに発展しています。そして明朝までの中国王朝の後宮のもとになりました。時代や王朝によって少しずつ組織や称号・役職名は違いますが。おおまかな部分では隋唐時代がモデルになっています。

ただし、元と清は違う部分も多いです。

中国王朝だけでなく周辺国の後宮の制度にも影響を与えました。朝鮮半島の国々の後宮も唐~明の後宮をモデルに作られています。日本の宮中は制度は違う部分が多いですが称号や専門用語には影響が残っています。

唐朝の後宮の制度と組織はその後の中国だけでなく東アジアの国々に影響を与えました。その唐朝時代の後宮の制度とはどのようなものだったのか紹介します。

 

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唐時代の女官

女官と宮女の違い

ドラマや小説では女官と宮女は同じもののように扱われています。でも全く同じものではありません。

女官は宮女の中でも地位の高い人のこと。品位(ほんい、一品、二品という位のこと)と俸禄(ほうろく=給料)を与えられている宮女です。

「宮女」には品位をもたない人も含まれます。水くみや庭の掃除、雑草取りなどの肉体労働をしている女の奴婢も宮女です。

宮女の勤務先と数

宮女は首都・長安にあった3つの宮殿(大極宮、大明宮、興慶宮)、副都・洛陽の宮城、洛陽郊外の上陽宮。各地の離宮、別館、緒親王府、皇帝陵に配属されていました。

唐時代の詩人・杜甫は「先帝の侍女八千人」と言いました。

最盛期の玄宗時代には四万人いたといわれます。

太宗時代にも役人の李百薬が「無用の宮人は数万に達する」のでリストラしろと訴えています。

中国では一桁くらいは平気でごまかすのでこれらは誇張した数だと思うかもしれません。

でも皇后・皇太后に仕える上級の女官から肉体労働の奴婢まで。そして全国の施設に配属されている宮女も数えるとそのくらいになってもおかしくありません。

太宗の時代だと洛陽や全国の離宮には煬帝時代から務めている宮人がいたはずです。

テレビドラマでみかけるような、宮殿にいて皇后や妃嬪の周りにいる着飾った女官だけを思い浮かべるから「多すぎる」と思うのです。

でも実際には様々な施設で労働させられている多くの宮人がいます。その人達まで数えると「数万」になってもおかしくありません。

江戸幕府の大奥でも一番多いときには三千人の女性がいました(普通は千~二千人)。唐の宮殿に八千人いても不思議ではありません。

でも、いくら唐でも財政負担にはなるでしょうから。臣下からは「減らすように」と苦情が出ることもありました。

 

六局・女官の組織

唐では後宮には六局があって後宮のすべての仕事を管理していました。

六局の下にはさらに細かく部署が別れていて全部で24の部署(二十四司)があります。

六局のそれぞれの主席女官は 尚書(長官、正五品)

二十四司の女官の最高位は正六品。

六局の担当は次の通り。

尚宮局(しょうぐうきょく)

後宮の人事、経理、書類の管理担当。
六局の出納書類(物品の出し入れに必要な書類)はすべて尚宮局を通して許可をもらわないといけません。

尚宮局のトップの女官は「尚宮」と呼ばれます。後の時代には「尚宮」が上級女官の呼び方にもなります。

司記、司言、司簿、司闈の部署があります。

尚儀局(しょうぎきょく)

儀式担当。皇后・側室の任命式や季節ごとの宮中の儀式など。後宮では一年中なにかの式典や行事が行われています。そのための準備や進行を担当します。

尚儀局のトップの女官は「尚儀」と呼ばれます。

司籍、司楽、司賓、司贊 の部署があります。

 

尚服局(しょうふくきょく)

祭祀用の道具、衣装などの管理。沐浴、儀式に使う道具や備品の担当など。

尚服局のトップの女官は「尚服」と呼ばれます。

司寶、司衣、司飾、司仗 の部署があります。

尚食局(しょうしょくきょく)

食事の調理と毒味。酒、調味料、医薬品の管理担当。

尚食局のトップの女官は「尚食」と呼ばれます。

司膳、司醞、司薬、司饎 の部署があります。

尚寝局(しょうしんきょく)

寝具、妃嬪が乗る輿や日常で使う備品、庭園、灯籠の管理など。

尚寝局のトップの女官は「尚寝」と呼ばれます。

司設、司輿、司苑、司燈 の部署があります。

尚功局(しょうこうきょく)

衣装の作成、織物、裁縫関係担当。

尚功局のトップの女官は「尚功」と呼ばれます。

司制、司彩、司珍、司計 の部署があります。

女官の仕事

女官・宮女は労働者

妃嬪や女官には位はありますが立場は違います。妃嬪に立場は皇帝の「妾」。宮女たちは「職員・労働者」の扱いです。

女官は仕事をするために後宮にいます。良家の出身で能力があればよいです。見た目の美しさや皇帝の好みはあまり関係ありません。とはいえ、はやり容姿は重要。出身身分、容姿、能力によって様々な部署や地位に割り振られます。

上級の女官は「近侍」になって皇帝、皇后、皇太后、妃嬪たちの側に仕えます。日常生活や飲食のお世話をします。ドラマでも妃嬪には必ず側近の女官が付いています。登場する機会の多い地位の人達です。近侍は女官の中でも特に地位が高い人達です。

皇帝の命令を女官が伝えていた?

唐朝では内廷(皇帝の私的空間=後宮)にいる皇帝の側に女官が仕え、内廷(後宮)から外廷(朝廷)に皇帝の命令(勅命)を伝えていました。そのため一部の女官は権威が高く、外廷の官僚たちは彼女たちに取り入ろうとしました。

皇帝のそばに仕える女官は唐朝最後の哀帝時代に廃止され。後の王朝では女官が内廷を自由に出入りすることは禁止されました。後の王朝では皇帝の側に仕えるのは太監(宦官)になります。

中国のテレビドラマでは皇帝のそばに仕えるのは太監(宦官)の役目と決まっています。皇帝の側に女官が仕える場面はほぼありません。一部の清朝ドラマに登場するくらいです。

 

宦官のいない日本では内侍司(ないしのつかさ)という部署があり。宮中で皇族のお世話をするのも女官です。勅命を大臣に伝えるのも天皇のそばに仕える女官の役目でした。そのため政治的な影響力をもつ女性が登場したりしています。

中国や朝鮮王朝では「内侍」は宦官を意味しますが、日本の宮中では女官になります。

 

 

参考文献

・高 世瑜,”大唐帝国の女性たち”,1999年,岩波書店

 

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