韓国時代劇『奇皇后』のヨンチョル丞相は、皇帝タファンより強い権力をもつ重臣です。
ヨンチョル丞相は実在しない人物で、モデルは元の重臣エル・テムルです。彼が強かった理由は首都の軍(親衛)と即位の主導権を握ったからです。史実では順帝(トゴン・テムル)との対立期間は未軸1333年に死去しました。
この記事ではなぜヨンチョル丞相は皇帝より強そうなのか?を、史実の後継者争い(1328〜1333)の流れと軍事勢力の関係から分かりやすく紹介。ドラマとの違いも比較します。
【奇皇后】ヨンチョル丞相とは
『奇皇后』のヨンチョル丞相は元の朝廷を“牛耳る”実力者として登場します。皇帝タファンが皇太子の身で流罪になるのもヨンチョルが決めたことです。
ヨンチョル丞相はどんな人物?
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役:チョン・グクファン
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立場:元の丞相(朝廷のトップ級の大臣)
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家族:長男タンギセ、次男タプジャヘ、娘タナシルリ(皇后)
ドラマのヨンチョルは元の朝廷で権力を握る丞相。歴代の皇位継承に介入し、皇帝を入れ替えてきました。
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タファンの父(先帝)を含め、彼に逆らって命を失った皇帝もいます。
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タファンが高麗へ流されのも彼の命令。さらに現地で暗殺を狙います。
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大青島(タファンが流されている島)を襲撃させるなど、軍を直接動かすことができます。
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政敵を容赦なく排除し、娘タナシルリを皇后にして宮廷の中心を固めます。その結果、奇皇后側と対立します。
なぜヨンチョルは皇帝より強いのか?
元は軍事政権
元は他の中国王朝とは違う特徴があります。
どの政治世界にも派閥はありますが。文官の派閥と違って元は政治派閥=軍の派閥になりやすいです。
元(モンゴル帝国系)は中華の仕組みを採用した部分はあるものの。あえて中国化するのを避けていたため、遊牧民王朝のままの部分も多く残っていました。
そのため軍を動かせる人が人事や政治を動かす人になりやすいのです。
軍を動かせない皇帝は弱い
チンギス・ハンやクビライは自分で軍を率いて勝利に導きました。実績やカリスマのある君主には将兵は従いやすいです。
でも元の後半になると軍を率いない皇帝が増えました。そうなると将兵への統率力が弱まり。軍は指揮官の言うことを聞くようになります。
ヨンチョルのモデルになったエル・テムルはキプチャク軍閥を率いる指揮官でした。ヨンチョルも自分の軍をもっています。将兵は皇帝よりヨンチョルの言うことを聞くのです。
担がれた君主は弱い
これはタファンだけの問題ではありませんが。タファンは担がれて皇帝になりました。そうなると担いだ側が主導権を握ります。
ヨンチョルの最後(ドラマの結末)
物語後半、ヨンチョルはタファン排除を進めますが、決起したタファン側に敗れ、反逆罪で処断されます。
直接的な描写としては、宮廷内でペガンの手により縊殺されてしまいます。
ヨンチョルは実在する?
歴史上は「ヨンチョル」という名前の丞相は史実にはいません。『奇皇后』のヨンチョルはドラマのために作られた人物です。
でもモデルになった人物はいます。それは元(大元帝国)の重臣 エル・テムルです。
ヨンチョルは軍を握っていたり、息子が重要な地位にいたり、娘が皇后になったりと。史実のエルテムルの特徴をかなり受け継いでいます。
ヨンチョル(燕鐵)の名前もエル・テムルの漢字名「燕鐵木児」の「燕鐵」の部分を現代韓国語読みしたものです。
でもヨンチョルはエル・テムルに似た部分も多いですが、活動した期間や皇帝タファン(モデルはトゴン・テムル)との関わりでは違う部分も多いです。
モデルは存在するものの、創作要素の多い人物と言えるでしょう。
ヨンチョルのモデル:エル・テムルの史実
いつの時代の人?
- 名前:エル・テムル(El-Temür、燕鉄木児)
- 出身国:大元帝国
- 生年月日:不明
- 没年月日:1333年
- 父:チョンウル
- 子供:タンキシュ、タラカイ、ダナシリ
モンゴル帝国7代皇帝カイシャン~15代トゴン・テムルの時代。仕えた皇帝の数は多いですが短命な皇帝が多かったためです。
高麗王朝の末期。日本では鎌倉~室町時代の人になります。
家系図
ヨンチョル一家の家系図は以下のとおりです。

元朝/エルテムル家の家系図
エル・テムルの生涯
もともとはモンゴル帝国に征服されたたキプチャク族長の家柄。祖父トクトガは4代皇帝モンケ5代皇帝クビライやそのに従っていました。
キプチャク族はトルコからウクライナ、カザフスタンにかけて住んでいた遊牧民族。大元帝国ではキプチャク軍閥とよばれる勢力を作っていました。
父チョンウルも、7代皇帝カイシャンに仕えました。
エル・テムルは若い頃からカイシャンに仕えました。
10代皇帝・泰定帝イェスン・テムルのとき僉枢密院事となり、大きな力を得ました。
元の権力を手にする
1328年。泰定帝イェスン・テムルが上都で死去しました。このとき、エル・テムルはキプチャク軍閥を率いて大都を守っていました。
エル・テムルはカイシャンの遺児を即位させようと反乱を起こしました。エル・テムルは大都にいる部隊を味方につけ、カイシャンの次男トク・テムルを大都に迎えました。
トク・テムルは兄のコシラを呼んで即位させようとしました。エル・テムルが説得してトク・テムルを皇帝に即位させました。
エル・テムルは太平王の称号を与えられトク・テムルを即位させた功績で権力を独占しました。
上都では将軍ダウラト・シャーがイェスン・テムルの遺児アリギバを即位させました。元は分裂して内乱状態になります。エル・テムルは大都に攻めてきたアリギバ軍を撃退、アリギバとダウラト・シャーを降伏させました。
ところが、コシラが旧都カラコルムで挙兵。大ハーン(皇帝)の座を要求しました。
1329年4月。エル・テムルは玉璽を持ってコシラに会いに行きます。コシラを皇帝、トク・テムルを皇太子にすることで決着しました。
ところが8月にコシラが急死します。力を奪われることを恐れたエル・テムルが毒殺したともいわれます。トク・テムルは再び大ハーンになりました。コシラの側近たちは追放や処分されました。
皇帝はお飾りになり、エル・テムルは絶大な権力を手にしました。
イェスン・テムルの妻を自分の妻にしました。
トク・テムルの長男エル・テグスを自宅で養育しました。
コシラの長男トゴン・テムルは高麗に追放しました。その後、広西(中国南部)に流罪になります。この追放されたトゴン・テムルが「奇皇后」のタファンのモデル。ドラマも高麗に追放されるところから始まります。
1332年。トク・テムルが29歳で死去。遺言でコシラの子を跡継ぎにするように言い残しました。エル・テムルはエル・テグスを次の皇帝にしようと考えていました。
トク・テムルの妃ブダシリは夫の遺言を尊重してコシラの子を跡継ぎに主張しました。
トク・テムルの次男イリンジバルを即位させました。イリンジバルはまだ7歳でした。ところがイリンジバルが即位して43日後に死亡。
エル・テムルはエル・テグスを皇帝にしようと提案しましたが、エル・テグスはまだ幼かったので反対。
エル・テグスは仕方なく、広西に流罪にしていたトゴン・テムルを呼び戻しました。
1333年1月。トゴン・テムルが大都に戻ると、エル・テグスは出迎えました。エル・テグスが話しかけてもトゴン・テムルは黙ったままだったといいます。
エル・テグスはトゴン・テムルが思い通りにならないと考え、即位を先延ばしにしました。
しかし4月。エル・テムルは死去しました。その後、トゴン・テムルが即位しました。
エルテムルの地位は弟のサトン、息子のタンキシが左丞相になりました。また娘のダナシリがトゴン・テムルの妃になりました。
エル・テムルの一族の繁栄は続くかに思えました。右丞相バヤン将軍がしだいに力を持つようになります。焦ったタンキシは反乱を起こしますが、バヤンに鎮圧され、エル・テムルの一族は処刑されてしまいます。
エル・テムルによって作られたキプチャク族の権力は、エル・テムルの死によって急速に崩壊したのです。
ドラマと史実の違い・ヨンチョルが長く残る理由とは?
史実のエル・テムルは、トゴン・テムルが都に戻った直後に死去します。
ただし「キプチャク系の勢力」がすぐに消えたわけではなく、息子や姻戚(ダナシリ、タンキシュなど)が要職や后位を通じて、一時的に影響力を保ちました。
ところが政治の主導権は次の実力者バヤンに移り、エル・テムル家は短期間で粛清されます。
でもドラマ『奇皇后』はヨンチョルはタファンの即位後も長い間存在。権力を握っています。そこが史実との大きな違いです。その理由は主に3つあるます。
敵役が早く退場すると、物語の山場が育たない
史実どおりだと、タファン即位後の「皇帝VS悪い重臣」の対決が短く終わってしまいます。
派閥との戦いだと映像では分かりづらいので顔のある悪役が必要です。
タファンとスンニャンの成長を見せるための“壁”が必要
タファンが操り人形から皇帝へ変わるには、倒すべき強い相手が一定期間いた方が、変化が伝わりやすいです。
つまり史実はエル・テムルの死後も派閥が残りタンキシュが影響力を持っている。しかし徐々に主導権は別勢力へ移って崩れる。
ドラマは「その入れ替わりを一人のヨンチョルというキャラに背負わせ、物語として分かりやすく長く見せる」。この違いです。
テレビドラマ
奇皇后 MBC 2013年 演:チョン・グクファン
ドラマの奇皇后では、タファンが即位したあともヨンチョルが長い間丞相としてとどまり権力争いを行います。
歴史上はエル・テムルとトゴン・テムルが会って4ヶ月でエル・テムルが死亡したため。二人の争いは長くは続きませんでした。
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