中国史

北朝・魏・周・斉

順陽公主(宇文氏)・楊堅の義妹は独孤伽羅と仲が悪かった

北周の順陽公主(宇文氏)は宇文泰の娘として生まれ、隋の楊堅の弟・楊瓚と結婚。でも楊堅の妻・独孤伽羅とは険悪でした。隋の建国後、宇文氏は多くの親族を失い自らも厳しい運命を辿ることになります。順陽公主の生涯を史実とドラマを交えて詳しく解説します。
南北朝

楊瓚・隋文帝 楊堅の弟は兄に殺された?

楊瓚(よう さん)は北周~隋の時代の武将。隋初代皇帝・楊堅の弟です。北周皇帝からの信頼が厚く、北周武帝の妹と結婚していました。北周王朝を倒して自分の国を建国した兄とは仲がよくありません。最後は兄とでかけた先で急死してしまいます。楊堅に毒殺さ...
北朝・魏・周・斉

宇文家の歴史・宇文護や邕の祖先は匈奴から鮮卑になった

宇文氏は古代中国の名門貴族です。北魏・西魏で皇帝を補佐、北周の基礎を作った宇文泰。北周の皇帝(天王)になった宇文覚・毓・邕たち。北周で皇帝を凌ぐ力を持っていた宇文護。日本ではあまり知られていませんでしたが。中国ドラマ「独孤伽羅」「独孤皇后」...
北朝・魏・周・斉

阿史那皇后・突厥から異文化を運んできたテュルクの姫

阿史那(アシナ)皇后(武徳皇后)は北周の武帝・宇文邕(うぶん よう)の正室。テュルク系遊牧民の国・突厥出身です。鮮卑系国家・北周と突厥の同盟のため、武帝に嫁ぎました。国と国の同盟のための結婚です。史実の阿史那(アシナ)皇后はどんな人物だった...
北朝・魏・周・斉

独孤伽羅の祖先は匈奴の名門だった

独孤氏は北魏から唐の時代に活躍した古代中国の名門貴族です。独孤信は北魏~北周で皇帝一族を支える有力な重臣でした。独孤信の娘は北周の第2代皇帝 明帝(宇文毓)の正室 明敬皇后隋の初代皇帝 文帝(楊堅)の正室、2代 煬帝(楊広)の生母 文献皇后...
北朝・魏・周・斉

宇文会・宇文護の息子は親の七光りで出世した?

宇文会は北周の実力者・宇文護の息子。とくに功績はありませんが父のおかげで出世しました。結局は父の失脚とともに処刑されてしまいます。宇文会の生涯を解説します。
北朝・魏・周・斉

独孤善・独孤伽羅の兄は宇文護に疎まれて失業

独孤善は西魏~北周の武将。独孤信の次男。北周の明敬皇后(ドラマでは般若)の異母兄。隋の文献皇后(伽羅)の異母兄です。独孤信には息子が何人かいました。父親や姉妹は有名ですが、息子はほとんど知られていません。独孤善は次男でしたが長男の羅がいなか...
北朝・魏・周・斉

趙貴・宇文泰に信頼された苦労人

趙貴(ちょう き)は北魏~北周の武将。北魏で反乱が起きたとき的に捕まりましたが、賀抜岳(がばつ・がく)に助けられ賀抜岳のもとで戦います。賀抜岳の死後は宇文泰(うぶん・たい)の配下になります。北魏は西魏・東魏に分裂し争いが絶えない世の中でした...
北朝・魏・周・斉

楊忠・隋文帝の父は勇猛な将軍だった

楊忠は古代中国・北魏~北周の武将。隋の初代皇帝・文帝(楊堅)の父親です。いくつもの戦いで功績を上げた勇猛な将軍でした。虎と戦ったという武勇伝もあります。史実の楊忠はどんな人物だったのか紹介します。楊忠の史実いつの時代の人?生年月日:507年...
清朝 康煕

茗薇のモデル?怡親王妃・兆佳氏は十三皇子・胤祥の嫡福普

十三福普 兆佳(ジョーギャ)氏は 愛新覚羅・胤祥の正妻。胤祥は清朝の第4代皇帝康熙帝の十三皇子(阿哥)。胤祥は怡親王になったので兆佳氏は「怡親王妃」と呼ばれます。中国ドラマ「宮廷の茗薇(めいび)」では「兆佳 魚寧」という名前で登場します。ヒ...
清の皇后妃嬪皇太后

瑞貴人 索綽羅(ソコロ)氏 は令妃に仕えた薄命の側室

瑞貴人 索綽羅(ソコロ)氏は清朝の第代皇帝・乾隆帝けんりゅうていの側室。「瓔珞<エイラク>」や「如懿傳」では瑞貴人 索綽羅氏として登場します。令妃の侍女のような役目で宮中に入ってきて宮中にいた期間も短い。妃嬪たちの争いにはほとんど関わってい...
清の皇后妃嬪皇太后

恵妃 烏拉那拉氏・康煕帝の後宮で力を持っていた妃

恵妃 烏拉那拉氏は清朝の第代皇帝・康煕帝こうきていの側室。「皇帝の恋」では恵妃 納蘭氏。「宮廷女官 若曦」や「花散る宮廷の女たち」では 恵妃。「宮廷の茗薇」では 納蘭貴妃 として登場します。どのドラマでも主人公を妨害する悪役として登場します...
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