中国ドラマ「如懿伝~紫禁城に散る宿命の王妃~」には主人公 烏拉那拉(ウラナラ) 如懿(にょい)のライバルとして金玉妍が登場します。
清朝には様々な国や地域から妃が選ばれています。金玉妍(きん・ぎょくけん)も満洲人ではなく玉氏の国から来たことになってます。
玉氏とはいったいどこの国でしょうか?聞いたことありませんね。
これは実在した国ではなく架空の国です。
金玉妍のドラマでの設定と彼女の出身地といわれる玉氏の国とはどの国をイメージしているのか紹介します。
如懿伝の金玉妍の立場
金玉妍は玉氏の貢女
ドラマ「如懿伝」の設定では「玉氏」とは北方の藩属国です。
藩属国とは中華皇帝から「○○王」の称号をもらって皇帝の臣下になっている王がいる国のことです。ただ称号をもらっているだけでなく定期的に朝貢の使者を送り皇帝の命令に従っています。従属国ともいいます。
金玉妍は藩属国の玉氏から貢女として送られてきた人物の設定です。
貢女とは属国から中華王朝への貢ものとしてやって来た女性。他にも奴婢や宦官を貢ものとして送ることもあります。
古くは高句麗・百済の時代から李氏朝鮮の時代まで続きました。一番酷かったのは元の時代。明の時代も続きました。朝鮮で一番貢女が多かったのは4代世宗の時代。清朝の時代には減りました。
属国は中華王朝に貢物を送らなければいけません。資源や特産物の豊かな国なら品物を送るのですが、特産物が少ない国は人を貢ものにしました。朝鮮半島の国々は伝統的に人を貢ものにすることが多かったのです。
日本だと遣唐使や日明貿易のイメージがあるので中華王朝と交流するのはそんなに悪いイメージはありません。でも中華王朝に国境を接している周辺の属国はそんなお気楽な立場ではありません。
清朝は明朝に比べると後宮を大幅にリストラ。宮中の経費を削減しました。貢ぎものとしてうけとる人も必要なくなってきます。ドラマでは清朝の宮殿は豪華に描かれています。たしかに人は多いのですが明朝はもっと人が多かったのです。
貢女になるのは美人で身分がそれなりに高い人。中華王朝が要求するのは貴族階級の女性です。
ドラマ「如懿伝」では金玉妍の世子(王の跡継ぎ)と恋人だった事になってます。世子と親しくなれるのは相当に高い家柄の娘ですから。金玉妍も貴族階級出身という設定なのですね。
金玉妍は清につれてこられた後も玉氏の世子を愛しています。
政略結婚で来た人なら母国や実家のために活動します。でも貢女で来た人なら自分を売った国や王を恨むこともあるでしょう。
事実、高麗から元にやってきた奇皇后は高麗を恨んでいました(ドラマの奇皇后はつくりばなし)。
でも金玉妍は個人的にまだ玉氏の王を愛しているという設定。もともと玉氏の王家の一族。国の立場の違いも理解しているようです。乾隆帝の寵愛をうけるのは玉氏のため、息子のためです。さらには自分の子を皇帝にするために利用できるものは利用する。玉氏の王を頼るのもそのため。といえそうです。
そう考えるとドラマの金玉妍が卑劣な手段をとるのも清国内で親族の援護が期待できないなかで何ふりかまってられない事情があるから。と思えてきます。
玉氏の国は朝鮮
見てる人はなんとなく気がついていると思いますけれど。
「玉氏の国」のモデルは李氏朝鮮。
直接は言わなくても「朝鮮」だとわかる演出がされています。
例えば。
金玉妍はプライベートな空間では朝鮮風の髪型をしている時があります。衣装も朝鮮風の服を着ていることがあります。
金玉妍の母国は薬用人参(朝鮮人参)が特産物。金玉妍はよく人参を持ってきます。
満洲地方でも薬用人参は採れますし事実ヌルハチたちは人参を明に売って財を得て武器を買いました。中国では人参=朝鮮とは限らないのですが。テレビドラマなどで朝鮮を表現するわかりやすい記号として人参が用いられることはあります。
劇中では「金玉妍の母国は儒教の国」と他の妃嬪たちに言われています。中国は儒教の本場ですが、満洲人はあまり儒教には熱心ではありません。仏教の方が盛んです。
金玉妍の母国は仏教には熱心ではないので数珠に使う玉髄と瑪瑙の区別ができない。と言われることもありました(実際には如懿のしかけたトリックでしたが)。
金玉妍と一緒にやってきた侍女は漢字が書けない。と言ってます(実際には書ける)。朝鮮では基本的には王族や両班でも女性は漢字は書けません。書ける人の方が珍しいです。侍女ならなおさらです。
などなど。
ちなみに「如懿伝」の原作小説「後宮如懿伝」では金玉妍はズバリ「朝鮮貢女」と書かれています。
テレビドラマ化されるときに「朝鮮」ではなく北方の藩属国の玉氏。と変更されました。
中国のテレビドラマでは妃嬪の出身地を変更している事が多いです。ウイグルを出すことはありませんし。金玉妍の出身地も政治的な配慮で変更されたのでしょう。
ドラマでは清とジュンガルの戦いに玉氏が援軍に来た。と説明がありました。史実ではジュンガルとの戦いに李氏朝鮮は参戦していません。満洲軍とモンゴル軍の連合軍でジュンガルを倒しました。ジュンガルとの最終決戦はタクラマカン砂漠のあるタリム盆地で行われましたが。朝鮮からは3000km近くあるので遠すぎます。
テレビドラマの「玉氏」の設定は「月氏」のイメージも混ざっているようです。中国語では玉と月は発音が似ているのです。「月氏」は2000年以上昔に西域や敦煌付近にあった国。月氏の本拠地はタリム盆地にも近いです。とくにドラマ後半、ジュンガルとの戦い前後では玉氏は朝鮮よりも遊牧民の国に近い描かれ方をされています。
もちろん月氏と朝鮮は文化も言葉も時代も違います。一緒にするのは無理があるのですが中国ドラマの時代考証はその程度といえそうです。
玉氏の王のモデル
金玉妍が母国にいたころは玉氏の世子と恋人でした。でも乾隆帝が皇帝になったころにはその世子は王になってます。
玉氏の王のモデルになったのは朝鮮英祖です。
朝鮮英祖の在位期間は 1724年~1776年
乾隆帝の在位期間1735年~1796年とかぶります。
時代的には乾隆帝と朝鮮英祖の在位期間はかぶるとはいえ朝鮮英祖の恋人が貢女になったという史実はありません。
ドラマでは「玉氏の王は前の王の妃を死に追いやった」と言われています。実際の英祖は前の王・景宗の妃と仲が悪かったのは事実ですが死に追いやったりはしていません。
朝鮮英祖と玉氏の王は同じ時期の王というくらいしか共通点がありません。そのへんの史実との違いの多さもドラマで「玉氏の王」にされてしまった原因かもしれません。
史実の嘉妃金氏
金玉妍のモデルになったのは嘉妃金氏。
でも同じ時代を描いた「瓔珞」では金氏は朝鮮出身という演出はありませんでした。
それもそのはず。
史実の嘉妃金氏は朝鮮生まれではありません。生まれも育ちも清国です。
ではなぜ「如懿伝」で朝鮮らしき国の出身者になっているかというと。嘉妃金氏の祖先が朝鮮人だからです。
後金(清)のホンタイジが朝鮮と戦争した時。捕虜になった朝鮮人が満洲貴族に仕え出世したのが嘉妃金氏の祖先です。
だから祖先が朝鮮人なのは事実なのですが。嘉妃金氏本人は清で生まれ育っているので朝鮮を母国と思うことはありません。朝鮮のために何かしたいと思うこともなかったでしょう。
むしろ清に帰化して出世に成功した元朝鮮人は李氏朝鮮の人々を見下していました。中華思想では中国が世界の中心で一番偉くて、中国から離れれば離れるほど卑しいと考えます。そうでなくても強いものに媚びて弱い者には偉そうにするのがあたりまえの社会です。当時の人々に現代人が考えるような愛国心はありません。
史実の嘉妃金氏は朝鮮出身ではなく生まれも育ちも大清国です。だから清朝の一員になった嘉妃金氏が「朝鮮のために」と活動することはありません。祖先の出身地よりも今の自分や一族が繁栄すればそれでいいのですね。
ちなみに史実の嘉妃金氏は降格にはなってません。
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