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遊牧民に伝わる狼に育てられた子供の伝説

狼9 その他の国や民族

世界各地に狼に育てられた子供、狼の血をひく子供の伝説はあります。

昭和世代なら「狼に育てられた少女の話注1」を覚えている人もいるかも知れません。古い世代ならアニメ「オオカミ少年ケン」を思い出す人もいるかも知れません(私はリアルタイムで見たことはありません)。残念ながら狼に育てられた少女の話は嘘ですが。神話や伝承にはいくつかの狼に育てられた人の話があります。

ローマの建国者ロムルスとレムスは狼に育てられた少年として有名です。でもローマの建国者だけではありません。わりと世界各地にあります。

狼に育てられた子供のモチーフはすでに古典的になった感じもあるのですが。そういう伝説をもとに中国でつくられたテレビドラマが「狼殿下」です。「狼殿下」の主人公は山に捨てられた子供で狼に育てられたという設定です。

なぜ中国でそのようなドラマが作られるのか不思議に思うかもしれません。でもモンゴル高原の遊牧民には「狼に育てられた少年が祖先」という伝説があるのです。ストーリ上はTVドラマと遊牧民の伝説は直接繋がりはありませんが、アイデアの元になっているのは間違いありません。

遊牧民に伝わる話は日本ではあまり知られていないと思います。そこで遊牧民に伝わる狼の伝説を紹介します。

 

注1:狼に育てられた少女の話
20世紀のはじめ。インドでアマラとカマラという少女がキリスト教伝道師ジョセフ・シングに発見され。ジョセフは二人の少女を育てましたが二人とも病気で死亡。後にジョセフがこのことを本にして出版。話題になりました。しかしジョセフの話は嘘で狼の少女とされる写真も別人。寄付金目当ての詐欺だったと言われています。

 

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狼に育てられた少年の伝説

テュルク人の祖先は狼に育てられた

テュルク神話には狼に育てられた子供の話が出てきます。

テュルク神話とはテュルク人に伝わる神話のこと。

テュルク人とは中央アジアが発祥と伝わる遊牧民族です。現在のトルコ人の祖先。突厥(とっけつ)もテュルク人です。「突厥」「トルコ」の言葉も元をたどれば「テュルク」です。

テュルク人が作った国がテュルクカガン国(突厥帝国)。現在でも中央アジアにはトルキスタン(「テュルクの土地」という意味)と呼ばれる地方があります。トルクメニスタンという国もあります。さらに西に移動してトルコになったようです。彼らは祖先はテュルク(突厥)だと信じています。

テュルク神話は様々なバリエーションがあります。

その一つを紹介しましょう。

狼に育てられた少年

古代中国の正史「北史 突厥の章」には次のような話が載っています。

突厥は匈奴の末裔。あるとき隣国との戦いに敗れ、10歳の子供だけが生き残りました。敵兵は彼の脚を切って草原に捨てました。

そこに牝の狼がやってきて肉を食べさせ少年を育てました。少年は成長し狼と結婚。牝狼は妊娠しました。

隣国の王は生き残りがいることを知り兵を差し向けました。狼は高昌国(現在の新疆ウイグル自治区トルファン市付近にあった国)の西北の山にある洞窟に逃げ、そこで10人の子供を産みました。彼らは成長して人間の女性と結婚。それぞれの姓を名乗りました。

その中の一人はアシナ(阿史那)と名乗り。突厥の皇族の祖先になりました。アシナに率いられた兄弟たちはやがてテュルクカガン国(突厥帝国)を築きました。彼らは自分たちの祖先を忘れないため狼をシンボルにしました。

 

トルコではアシナ(Asina、阿史那)を育てた牝狼の名前は アセナ(Asena)と信じられています。

アシナを育てた狼は灰色だった、灰色のたてがみをしていたといいます。そのためアセナのことを灰色狼ともいいます。

狼に育てられた子供が祖先。あるいは狼が祖先。という神話は突厥系、突厥の子孫のウイグル系、その他のテュルク系の民族に伝わっています。

テュルク人(突厥)の子孫

突厥帝国は8世紀頃に滅びました。アシナ氏の次にカガン(皇帝)になったヤグラカル氏の時代にはウイグルとよばれましたが民族的にはテュルクです。

それ以外の者は西に移動。サーサン朝やイスラム帝国に服属した後。中東・アナトリア方面で新しい国を作ります。セルジューク朝やオスマン朝を作ったのはイスラム化したテュルク人。彼らはテュルク(トルコ)と呼ばれました。

なのでトルコではアセナの伝説が知られています。

またカザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、新疆ウイグル自治区など。かつての西突厥帝国・ウイグルの支配地ではテュルク人の血を受け継ぐ人たちが暮らしています。とはいえ今ではイスラム化してかつての王朝時代の伝統や文化は廃れた国も多いです。

 

トルコの国章候補になった狼アセナ

オスマン帝国が倒れ、トルコ共和国が誕生した時。トルコ共和国は国章を作りました。国章とは国旗とは別にデザインするもので主に政府が使います。国章は国旗よりも複雑なデザインが多くその国の歴史や文化を表現したものが多いです。

1925年にデザインされた国章候補にはアセナという名前の狼が図案化された物がありました。結局このデザインは採用されず。国旗と同じシンプルな星と三日月のデザインが採用されました。でも、当時の人達もアセナの伝説を知っていたのです。

アセナ

出典:wikipedia

この国章候補の狼がアセナ(Asena)。

現在はトルコでもアセナを知っている人はあまりいないと思いますが。トルコ人の祖先は遊牧民のテュルク人というのは知られています。

 

モンゴルの祖先も灰色狼?

灰色狼の伝説はやがてモンゴルにも伝わりました。そのためモンゴルの伝説ではボルテ・チノ(灰色の狼)とコアイ・マラル(生白い牝鹿)という名前の男女の間に生まれた男がモンゴル人の祖先になったといわれます。

チンギス・ハンがボルテ・チノと呼ばれるのは祖先の伝説にあやかったため。

ボルテ・チノは日本語では「蒼き狼」と翻訳していますが正確にはボルテ・チノは「まだら模様(遠くから見ると灰色に見える)の狼」の意味です。青い狼ではありません。

モンゴルの場合は狼そのものが祖先というよりも。ボルテ・チノ(灰色の狼)の異名を持つ人物が祖先と考えているようです。

実際のところモンゴルではそんなに動物の狼を神聖化しているわけではありません。

モンゴルでは社会主義時代にソ連によってモンゴル帝国時代の歴史教育を禁止されました。そのためチンギス・ハンの名前は知っているけどその一族や歴史はよく知りません。そのせいかどうかわかりませんが現代のモンゴル人は狼は家畜を食べる害獣として平気で殺します。

古い伝説ではモンゴル人の祖先は日月神の精をうけた女性から生まれたといわれています。民族的にモンゴルに近いといわれるキタイ(契丹)にも日月神の伝説があります。

モンゴルや中国にはもともとは狼を神聖化する伝説はなく、強くてかっこいいイメージだけを利用しているようです。

やはり狼や狼に育てられた少年を始祖に持つ伝説はテュルク(突厥・トルコ)系のものなのでしょう。

 

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