1.2 李氏朝鮮の妃・側室

スポンサーリンク
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

端敬王后 慎氏(タンギョン王妃)わずか7日、朝鮮史上もっとも在位期間の短い王妃

端敬王后 慎氏は李氏朝鮮王朝・第11第国王中宗の最初の妃です。 王妃になってわずか7日で位を奪われてしまいました。朝鮮史上もっとも在位期間の短い王妃です。 廃妃になったとはいえ慎氏はなにも悪いことはしていません。燕山君の親戚だったという...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

ソ・ジダムが名のったパク・ピンエは思悼世子に殺された景嬪朴氏の本名

韓国時代劇「秘密の扉」に登場するパク・ピンエは実在する人物でもあるのです。「朴氷愛」あるいは「朴彬愛」と書きます。 歴史上は「景嬪朴氏」とも呼ばれています。惠慶宮洪氏の書いた日記・闲中录に名前が登場します。 ソ・ジダムというのはドラマの...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

昭媛文氏(淑儀文氏)思悼世子の死に関わった英祖の側室

昭媛文氏(ソウォン・ムン氏)は淑儀文氏ともよばれます。李氏朝鮮21代国王・英祖の側室。英祖の寵愛をうけた側室です。 思悼世子の死に関わっている人物だともいわれます。 事実、思悼世子の息子・正祖は即位直後に文氏を処刑しました。正祖にとって...
スポンサーリンク
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

イ・サンの側室 ソン・ソンヨンのモデル「宜嬪成氏」とは

韓国時代劇「イ・サン」のヒロイン ソン・ソンヨン(成松淵)には、モデルになった人がいます。正祖の側室・宜嬪成氏です。 宜嬪成氏は正祖に最も愛された女性でした。 正祖には何人もの側室がいましたが、ほとんど名家から選ばれて側室になった人でし...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

神徳王后康氏(カン氏)朝鮮最初の王妃は太宗によって降格になった

神徳王后康氏は李氏朝鮮最初の王妃です。  李成桂には二人の妻がいました。2番の妻が康氏です。李氏朝鮮を建国したときには1番目の妻・韓氏は亡くなっていたからです。 自分の息子を王にしようとしました。韓氏の息子、李芳遠たちによって神徳王后の...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

光海君とともに島流しになった廃妃柳氏(文城郡夫人)

廃妃柳氏(文城郡夫人)は光海君の妻です。 王妃になりましたが、仁祖の起こしたクーデターで王妃の座を終われ島流しになりました。 史実の廃妃柳氏(文城郡夫人)はどんな人物だったのか紹介します。 廃妃柳氏(ユ氏)の史実 いつの時代の人? ...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

廃妃尹氏(ペビ・ユン氏)・斉献王后が暴君の母になったいきさつ

廃妃尹氏(ペビ・ユン氏)は李氏朝鮮史上初めて生前に廃妃になった王妃です。嫉妬深い女性と伝わっています。成宗が女好きだったこともあり、気苦労はたえなかったようです。朝鮮では王妃は嫉妬を見せてはいけませんでした。尹氏は廃妃になり、毒薬を飲...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

仁穆王后(インモク王妃)息子と父を光海君と大北派に殺され復讐を願いつつ生きた

仁穆王后(インモク王妃)は李氏朝鮮 第14代国王・宣祖の2番めの妃。 宣祖との間に息子が生まれました。しかしそれが不幸の始まりでした。息子と父は光海君と大北派によって廃され、殺害されてしまいました。自身も大妃の身分を奪われ幽閉されてしまい...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

懿仁王后(ウィイン王妃)宣祖に冷たい扱いを受けた不遇の王妃

懿仁王后(ウィイン王妃)は李氏朝鮮14代宣祖の王妃。宣祖の王妃というと2人めの仁穆王后(インモク王妃)が有名です。一人目の懿仁王后は子供がなかったため。宣祖からは冷たくされていました。 史実の懿仁王后(ウィイン王妃)はどんな人物だったのか...
1.2 李氏朝鮮の妃・側室

仁嬪金氏(インビン・キム氏)宣祖の寵愛を集め光海君親子と対立した

仁嬪金氏(インビン・キム氏)は李氏朝鮮14代国王・宣祖の側室です。 ドラマでは貴人金氏(クィイン・キム氏)と呼ぶこともあります。キム氏の息子を王の後継者にしようと活発に活動していた時期が貴人のころだったからです。 宣祖の寵愛を最も受けた...
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました