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金慶徵(キム・ギョンジン)は江華島の守備を放棄して処刑になった

朝鮮重臣 5 李氏朝鮮の重臣

金慶徵(キム・ギョンジン)は李氏朝鮮の役人。

仁祖時代の領議政 金瑬(キム・リュ)の息子。

韓国時代劇「華政(ファジョン)」に登場。「俺様はキム・ギョンジンだぞ」と威張ってる姿が印象的です。架空の人物のようにも思えますが、実在する人物です。

丙子戦争のとき。江華島の守備を担当していました。でも油断して清軍を防ぐことができず江華島があっけなく陥落。

仁祖を即位させた功臣の息子という理由で流刑にとどまりましたが。結局、何度も弾劾をおこされ賜死になりました。

史実の金慶徵(キム・ギョンジン)はどんな人物だったのか紹介します。

 

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金慶徵(キム・ギョンジン)の史実

いつの時代の人?

生年月日:1589年
没年月日:1637年。

名前:金慶徵(キム・ギョンジン)
称号:
本貫:順天

父:金瑬(キム・リュ)
母:柳氏
妻:朴氏

子供:金震標(キム・ジンピョ)

彼は朝鮮王朝(李氏朝鮮)の時代です。

日本では江戸時代の人になります。

宣祖の時代。1589年に生まれました。

父は金瑬(キム・リュ)
西人派に所属。仁祖時代に領議政になる人物です。

母は柳氏。

祖父の金汝岉(キム・ヨムル)は1592年の壬辰戦争(文禄の役)のとき。釜山に上陸した日本軍を迎え撃つため将軍の申砬(シン・リプ)とともに出陣しましたが。日本軍に敗北して戦死しました。

光海君時代。蔭敍(高い地位の親族を推薦で役職につける制度。科挙で合格しなくてもいいかわりに、任命できる官位に制限があります。高位の官職につくためには科挙で合格しないといけません)で官位に尽きました。

察訪(従六品)などを勤めています。察訪とは駅(街道にあって馬を飼っている施設)を管理する役職です

仁祖反正

1623年。綾陽君と西人派たちが反乱を起こして光海君を廃位。綾陽君が国王(仁祖)になりました。父の金瑬(キム・リュ)は反乱の中心メンバーの一人。金慶徵(キム・ギョンジン)も二等功臣になりました。

科挙の兵科に合格。刑曹佐郎になり。その後、急激に出世して都承旨や漢城府尹などを務めました。

光海君の義弟(妻の弟)柳希奮(ユ・ヒブン)の家を捜索。隠れていた光海君の世子 李祬(イ・ジ)と捕らえました。

1624年。備辺司になりました。備辺司はもともと倭寇対策のために作られ、外敵から国を守るための組織です。ところが組織が大きくなりすぎて国防・行政・人事も扱うようになり。議政府の仕事と被るようになったので「権限が大きすぎると」問題になりました。組織は縮小されて金慶徵は解任されました。

その後、工曹参判になりました。ところが武官に棍棒で懲罰を加え死亡させたので、司憲府から弾劾を受けて解任されました。

その後も様々な役職を務めました。

清との戦い(丙子戦争)で江華島の守りを放棄

1636年。丙子戦争が勃発。ホンタイジ率いる清軍が朝鮮に攻めてきました。

金慶徵(キム・ギョンジン)は江都検察使に任命されました。江華島を守備する総大将です。

金慶徵は清軍は江華島に来ることは出来ないだろうと油断していました。過去、契丹、元、後金に攻められたときも江華島は攻撃されたことはありません。水軍を持たない遊牧民の軍には手を出せないだろうと思い、何の対策もせずに酒を飲んで遊んでいました。

ところが清の皇帝ホンタイジは2回めの遠征になる今回は水軍を編成していました。ドルゴン率いる1万5千の清軍は海を渡って江華島に上陸しました。

清軍が上陸すると金慶徵は慌てて逃げ出しました。朝鮮の守備隊は戦いましたが清軍に敗北。江華島に非難していた王族は人質になりました。その後、王族が人質になったのを知った仁祖たちも清に降伏します。

戦いの後。朝廷では金慶徵の責任が始まりました。江華島をまともに守らず、王子と王族が捕まった罪は重いというので、軍律に従って金慶徵を処刑すべきという意見が出たのですが。仁祖は彼が反正功臣の一人であり、仁祖を即位させた功労者の金瑬の息子だというので刑を軽くして。金慶徵を江渓に流罪にしました。

金慶徵は流罪先に送られました。その後も臣下たちは弾劾を続けました。

1637年。仁祖は金慶徵と同じく江華島の守備を放棄して逃げた張紳の死刑を決定。

金慶徵は父の金瑬(キム・リュ)に助けてくれるように手紙を送りましたが。金瑬(キム・リュ)も助けることはできません。

逆に金慶徵は朝廷の人々から見苦しいやつだとバカにされました。

金慶徵は毒薬を飲み賜死しました。

その後。妻の朴氏と母親の柳氏も自殺しました。息子の金震標(キム・ジンピョ)が強制したという説もありますがよくわかっていません。

 

テレビドラマ

華政 2015年、MBC 演:キム・ヒョンボム

ドラマの中でもキム・リュの息子として登場。仁祖時代の重臣の一人。「俺はキム・ギョンジンだぞ」と威張り散らしている姿が印象的。清との戦争では貞明公主や世子嬪を置き去りにして江華島に渡ってしまいます。

 

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