フミヤ

清の皇后妃嬪皇太后

孝儀純皇后(令皇貴妃)瓔珞(エイラク)のモデルになった清の皇后

中国ドラマ「瓔珞(エイラク)紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃」で魏瓔珞(ぎえいらく)のモデルになったのは清朝の孝儀純皇后(こうぎじゅん こうごう) 魏佳氏です。 魏佳氏は第6代皇帝・乾隆帝の妃です。令妃・令貴妃・令皇貴妃などと呼ばれました。孝儀純皇...
韓国ドラマ

ヘチ 王座への道 4・5・6話:ヨルリョングンの最後と後継者争いの行方

『ヘチ 王座への道』第4〜6話のあらすじと見どころを詳しく整理。ヨニン君の苦渋の決断、粛宗とヨルリョン君の死、景宗即位後に激化する老論・少論の対立、ミルプン君の帰国など、物語の転換点と政治の動きを分かりやすく解説します。
明の皇帝・皇子

景泰帝 朱祁鈺(しゅ・きぎょく)捕虜になった兄の代わりに皇帝になる

朱祁鈺(しゅ・きぎょく)は明の第7代皇帝です。廟号は 代宗(だいそう)、一般には 景泰帝(けいたいてい)と呼ばれます。皇帝になる前は郕王(せいおう)と呼ばれました。兄・英宗がオイラトの捕虜になったので皇帝になりました。英宗が釈放されたあとも...
明の皇帝・皇子

明英宗 朱祁鎮(しゅ・きちん)オイラトの捕虜になった明の皇帝

明英宗 朱祁鎮(正統帝/天順帝)は明の第6・8代皇帝。オイラトと戦って破れ捕虜になりました。釈放されたもののその時には既に弟の朱祁鈺(景泰帝/代宗)が即位していました。国に帰った朱祁鎮は邪魔者扱いされ幽閉状態になります。しかしその後、朱祁鈺...
明の皇后・側室・公主

女医明妃伝・譚允賢のモデルは談允賢と杭皇后

中国ドラマ「女医明妃伝」に登場するヒロイン譚允賢(たん いんけん)は実在の人物ではありませんが。モデルになった人物がいます。中国四大医女の一人・談允賢(だん いんけん)と景泰帝の正室・杭皇后です。杭皇后の「杭」と談允賢の「允賢」をあわせてヒ...
韓国ドラマ

ヘチ 王座への道 1・2・3話:ヨニングンはなぜ卑しい王子なのか?【韓国ドラマ】

韓国時代劇『ヘチ 王座への道』第1〜3話のあらすじネタバレを詳しく解説。ヨニン君とミルプン君の対立、老論・少論の派閥争い、英祖の史実との違いも紹介します。
重臣

趙泰耉(チョ・テグ) 代理政聴を命がけで防いだ少論のリーダー

趙泰耉(チョ・テグ)は李氏朝鮮の重臣です。19代粛宗~20代景宗の時代に活躍し臣下としては最高位の領議政になりました。少論派に所属して景宗を支持して老論と対立しました。しかし極端な処分をもとめる少論の強硬派とは違う意見の持ち主でした。史実の...
重臣

李頤命(イ・イギョム) 延礽君を支持した老論4大臣の一人

李頤命(イ・イギョム)は金昌集(キム・ジャンチプ)、趙泰采(チョ・テチュ)、李健命(イ・ゴンミョン)らと並ぶ老論4大臣の一人。王の後継者に延礽君を支持して少論派と対立しました。史実の李頤命はどんな人物だったのか紹介します。李頤命(イ・イギョ...
王妃・側室

宣懿王后魚氏:20歳で大妃、薄命だった景宗の妃

宣懿王后魚氏(ソニ王妃オ氏)は李氏朝鮮王朝20代景宗の妃です。14歳のとき当時世子だった景宗の2人目の妃になりました。景宗が短命だったため20歳で大妃になってしまい若くしてこの世を去りました。史実の宣懿王后はどんな人物だったのか紹介します。...
重臣

李光左(イ・グァンジャ)英祖を支えた少論の穏健派

李光左(イ・グァンジャ)は李氏朝鮮の重臣。少論とよばれる派閥の実力者でした。当時の少論にも様々な考えの人がいておもに穏健派と強硬派に分かれていました。李光左は穏健派になります。英祖時代には少論穏健派のリーダーでした。史実のどんな人物だったの...
重臣

閔鎮遠(ミンジノン)は実在する?老論重臣の史実と家系図を紹介

韓国ドラマ『ヘチ 王座への道』に登場するミン・ジノンは実在の人物、老論の重臣・閔鎭遠がモデルです。家族関係や党争の中での役割、辛壬士禍や李麟佐の乱への関与をたどり、ドラマのミン・ジノン像との違いと共通点をコンパクトに整理します。
歴史の知識

獬豸ヘチ 伝説の生き物の意味とは?なぜ正義の象徴なの?

ヘチは正義の象徴!中国の伝説の生き物ですが、朝鮮では角のない羊のような姿に。ドラマ「ヘチ」では司憲府の役人を意味し、不正と戦う主人公たちの象徴となっています。ヘチの深い意味と、中国と朝鮮のヘチの違いを解説します。
error: