華陽夫人の姉・宣侯夫人羋氏のネタバレ(コウラン伝)

コウラン伝6 春秋戦国

宣侯夫人は、ドラマ「コウラン伝」に登場する人物。

妹には 秦の太子・安国君の妻・華陽(かよう)夫人がいます

華陽(かよう)夫人の姉・羋氏は実在した人物です。でも詳しいことは分かっていません。

呂不韋に会い。華陽夫人に贏異人を養子にするように説得した人物です。

歴史の記録に登場する華陽(かよう)夫人の姉・羋氏はと、ドラマに登場する「宣侯夫人」を紹介します。

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華陽夫人の姉とは

出身地:楚
姓:羋(ビ)
氏:熊
名前:不明
生没年:不明

姉:華陽夫人(太后)
弟:阳泉君

コウラン伝の宣侯夫人は半分架空の人物です。

「半分」というのは理由があります。

紀元前3世紀の中国・春秋戦国時代。秦の太子・安国君には正妻の・華陽夫人がいました。その華陽夫人には姉がいました。

 

歴史の記録には華陽夫人の姉の名前は分かっていません。

 

でもドラマでは「宣侯夫人」という称号と「羋笙歌」という名前があります。

宣侯夫人は、楚の国出身。ということは華陽夫人も楚出身。

華陽夫人は楚の王室出身。姓は 羋(び)です。

だから宣侯夫人も「羋」姓なのですね。

楚の羋(び)一族といえば、中国ドラマ「ミーユエ」に登場するヒロイン羋月(ミーユエ)のモデルになった宣太后が有名です。

宣太后は昭襄王の生母。安国君の祖母。異人の曾祖母です。

春秋戦国時代の国々はお互いに政略結婚をしています。だから血縁関係が複雑なんですね。とくに楚は秦にとっても油断のできない大国。何度も政略結婚をしてよい関係を保とうとしているのです。

呂不韋と取引

姉の華陽夫人は秦の太子・安国君の寵愛を集めていました。でも子供がいません。他の側室には息子がいますから将来が不安になります。

そんなとき、商人の呂不韋がやってきました。呂不韋は趙の国で商売をして成功した大商品。秦から趙に人質に行かされていた嬴異人と親しくなって、異人のスポンサーになっていました。呂不韋は異人を次の秦の王にしようと考え、異人を息子のいない華陽夫人の養子にしようと考えていました。いきなり王族の華陽夫人のところに行っても会えませんから。華陽夫人の姉と弟のところに来たわけです。

呂不韋の説得をうけて「華陽夫人の姉と弟」はすっかりその気になりました。
呂不韋は金も使ったそうですから、言葉だけでなく多額の金銭が動いたのは間違いないでしょう。

そこで姉は華陽夫人を次のように説得しました。

「あなたは容姿がすぐれているから、太子の寵愛をあつめているけど、子供がいない。年をとったらどうなのでしょう。いまのうちにしっかりと対策をたてなさい。趙の人路になっている異人様は向こうで非常にすぐれた人物だと評判になっています。太子やあなたを大変尊敬しているとも聞きます。あの方をいまのうちに世継ぎにしておけば将来は安泰ですよ」

姉の説得に華陽夫人もその気になり安国君と相談。安国君は寵愛している華陽夫人の言うことを聞きいれて異人を養子に迎えることにしました。

 

その後の「華陽夫人の姉」については記録はありません。

王族ではないのでとくに記録に残すようなこともなかったのでしょう。

というわけで、華陽夫人が異人を養子にしたあとの出来事はドラマのオリジナルです。

ドラマ「コウラン伝」の宣侯夫人

ドラマコウラン伝では宣侯夫人は秦の都一の豪族です。

楚の王室出身ですが、庶子のためあまりよい待遇は受けていませんでした。秦の宣侯の妾になっていました。

華陽夫人の姉。
楚王・熊宸の姉。

夫の宣侯は若い頃に他界。その後、妹・華陽夫人の権力を利用して没落仕掛けた家をなんとか支えてきました。

一族を支えるためなら何でもするつもり。そのせいか手広く商いをしている豪商の呂不韋(りょふい)には興味があるようです。熊宸 呂不韋の命を救うこともありました。

歴史書の通り、呂不韋が訪ねてきて異人を養子にする話を進めていきます。妹の華陽夫人を説得しました。安国君が異人を養子にするのをきめたあと。宣侯夫人は白 霊児をつれて、呂不韋と会いました。宣侯夫人は呂不韋の頭の良さを褒めます。白 霊児は「宣侯夫人は今までどんな男にも興味をもたなかったが呂不韋には興味をもった」と伝えます。

その後もなんどか呂不韋には会います。どうやら個人的に興味をもったようです。

子楚(異人から改名)が秦の王になったあと。問題が起こります。

羋絲蘿が子楚の側室になりました。羋絲蘿は羋一族の娘。絲蘿と子楚の間には息子の成蟜も生まれました。

宣侯夫人としても羋絲蘿に味方して、成蟜を次の王にしたくなります。

子傒と共謀して李皓鑭が生んだ贏政が王位後継者になるのを阻止しようとします。そのため、李皓鑭も陥れようとします。

宣侯夫人は国王になった子楚に譲位をせまります。子楚は呂不韋と共謀して先の王2人を殺したというのです。

贏政は子楚の子ではない。趙姫と呂不韋の子だ。という噂を広めるのに協力しました。

ところが、策略がばれて宣侯夫人は子楚王に殺されそうになります。

呂不韋は宣侯夫人は子楚に操られていただけだとかばいました。宣侯夫人は死刑を免れて牢に入れられます。

ところが、華陽太后は牢にいる宣侯夫人に刺客を送り込みました。宣侯夫人が華陽太后と雅が黒幕だと自供されると困るからです。

たまたま会いに来た呂不韋が刺客を倒します。呂不韋は宣侯夫人に黒幕が誰なのか話せば助かるといいますが、宣侯夫人は答えません。そして呂不韋が帰った後、供述書に亀の絵を描いて自害しました。

 

 

 

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